悪党が支配するロシア
米コラムニスト ジョージ・ウィル
プーチン大統領の任期延長
暗殺、脅迫で権力掌握
こっけいに見える専制君主は、とりわけ不気味なものだ。ロシアのプーチン大統領は2011年に黒海でスキューバダイビングをし、6世紀のギリシャの壺を抱えて浮上してきた。驚くことにコケが全く付いていなかった。ロシアの考古学者らが、古代ギリシャの都市を調査した際に、海底を徹底的に調べた後だが、この壺は、2メートルほどの深さの海に発見されないまま横たわっていた。
プーチン氏のロシア大衆への見下すような態度は、国民の気力を奪うよう計算されたもので、これによって、国民からの反発は抑えられ、プーチン氏の54歳の誕生日にジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤさんが殺害されたような、暗殺も必要なくなっている。
◇犯罪組織と協力
プーチン氏のロシアは今にも壊れそうだ。前身のソ連は、大陸間弾道弾(ICBM)を持つオートボルタ(かつてのブルキナファソ)のようなものだった。ごく最近の2018年まで、医療機関のほぼ3分の1は水道がなく、40%は暖房がなく、半分以上で温水が使えなかった。それでも、運のいいごく一部の人々はゆったりとした生活をしている。これは、カテリーヌ・ベルトン氏の、500ページ、1735もの注が巻末に付けられた渾身(こんしん)の新著「プーチンズ・ピープル-KGBはいかにロシアを取り戻し、西側と対決するようになったか」で詳述されている。
ミハイル・ホドルコフスキ氏はロシア一の富豪であり、40歳以下で世界一の富豪だったが、プーチン氏が03~05年に、不正な司法手続きと詐欺と脱税というでっち上げの罪状でつぶしてしまった。この逸話は、近年のロシア史にとって非常に重要であり、旧国営企業を買ったり、収奪したりして1990年代に巨万の富を蓄えたロシアのエリートにとって一つの教訓となっている。ロシアの民間部門は、暫定的な民間にすぎず、クレムリンのさじ加減でどうにでもなるということだ。
ベルトン氏は、「2012年までに、ロシアのGDP(国内総生産)の50%以上は、国家と、プーチン氏に近い実業家が直接支配している」と指摘。政治、経済、司法がプーチン氏と、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元職員らに支配されたロシアの現状を「ハイブリッドKGB資本主義」と呼んでいる。しかし、国家への重点的な資本配分は、疑似社会主義というべきだとベルトン氏は主張する。
07~13年にフィナンシャル・タイムズ紙の特派員だったベルトン氏は、現在のロシアに、今も残る古い共産主義の信奉者らの臭いを感じるとしながらも、旧ソ連のように、支配する泥棒政治家の利益と、支配される側の利益が一致していると見せ掛けることすらしないと指摘している。ロシアの元内部関係者で、今は英ロンドンでぜいたくな亡命生活を送る人物は、プーチン氏の仲間は「突然変異体」であり「ホモ・ソビエティクス(ソ連に順応した人々)と過去20年間の荒れ狂った資本主義の混合物」と指摘した。ベルトン氏は、1990年代に資本主義者らが「KGBの元支援者らを凌駕(りょうが)し始める」と、プーチン氏は成功者らを国家の力でたたきつぶしたと指摘している。
プーチン氏はまず、犯罪組織と協力してサンクトペテルブルクの港を支配した。ベルトン氏によると、港が民営化された時に失った市の権利を取り戻そうとした市職員が「車で仕事に向かう途中、狙撃され、死亡した」。98年11月、プーチン氏がKGBの後継機関の長官になってから4カ月後、サンクトペテルブルクの「有力民主主義支持者」で「活発に反腐敗運動をしていた」人物が「アパートの入り口で射殺された」。
プーチン氏は、暗殺、性的な録音・録画を使った脅迫など卑劣なやり方でトップに上り詰めた。ベルトン氏はこれを「治安機関によるゆったりとしたクーデター」と呼んだ。プーチン氏が成功したのは一部には、にわか成金のオリガルヒ(富豪・政商)によるものだ。オリガルヒは、33年1月30日にヒトラーを首相にしたドイツの高官らのように、「プーチン氏を、コントロールでき、一時的に利用できる人物」と考えた。
◇憲法を修正
ベルトン氏は新著の最終章「ネットワークとドナルド・トランプ」は、非常に示唆に富んでいる。トランプ大統領のロシアのパートナーらは、ロシアの犯罪組織とつながっているとされてきた。これら犯罪組織は、ロシア情報機関と利益が一致し、トランプ氏との不動産開発に資金をつぎ込んでいた。トランプ氏が90年代、ずさんな融資のためにほかの銀行から締め出された時、「プーチン氏のクレムリンと特別な関係」(ベルトン氏)にあったドイツ銀行は、「トランプ氏への最後の貸し手」となり、2011年に、トランプ氏が3億3400万ドルの支払いを怠ったにもかかわらず、3億ドル以上を一度に融資した。
プーチン氏は今月に入って、憲法に206の修正を加え、ロシアの憲法が偽りであることが明らかになった。修正は、ばかげた住民投票で承認された(プーチン氏はレーニンの誕生日の4月22日に実施するつもりだったが、新型コロナウイルスの感染拡大で延期されていた)。修正された「憲法」が、投票前にすでに書店に出回っていた。その修正の一つは、大統領の任期制限の始まりをリセットするもので、36年に84歳のプーチン氏は、(操り人形に大統領職を譲ったふりをした08から12年の4年を入れると)大統領就任36年目を迎えることになる。スターリンの支配は29年間、エカチェリーナ2世は34年だった。
オバマ前大統領は14年に「地域大国」にすぎないとロシアを軽視した。その地域大国が、ユーラシアの大陸を支配し、欧州の威嚇になっている。悪党支配の大統領は、米大統領が気に入っている。






