承認された「プーチン憲法」

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

「領土の割譲禁止」を明記
対露交渉見直し迫られる日本

日本対外文化協会理事 中澤 孝之氏

日本対外文化協会理事 中澤 孝之氏

 7月1日まで1週間行われていたロシア憲法改正の是非を問う全国民投票の開票率100%の結果、賛成が77・92%に上った。反対票は21・27%。ロシア中央選挙管理委員会が2日発表した。

 投票率は67・97%で、投票率も賛成率も大方の予想を上回った。2006項目の改憲法案は一括して投票にかけられた。二重投票があったとか、賛成票が水増しされたとかの不正投票のうわさもあるが、有権者の過半数が、事実上の「プーチン憲法」成立に賛成したことは否定しようがない。

36年まで大統領続投も

 1993年制定のエリツィン憲法の改正は、今年1月15日の年次教書演説でプーチン大統領(67)が突然、提案した。下院の権限強化といった一連の改憲案はロシアの権力機構を再編するもので、ロシアのメディアでは「1月革命」と呼ばれた。プーチン大統領は、開票結果が判明したあと早速、「国民に『支持と信任を心からありがとう』と伝えたい」と国民に感謝を表明。さらに、「国の強化には、国内の安定と時間が必要だ。国民の信任に応えなければならない」とも付言し、引き続き国内問題に全力で取り組む姿勢を強調した。

 ところで、プーチン大統領自身、機会あるたびに、「国内の安定化の必要」を訴えてきた。1991年12月初め、クレムリンの権力争いの結果、国民の大多数にとっては青天の霹靂(へきれき)だった「ソ連解体」の轍(てつ)を踏まないよう「ロシア連邦解体」を避けることが彼の内政の最優先課題である。「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇」とのプーチン氏の言葉は有名だ。

 ロシアの識者の中にも、「国の安定化」を重視する考えが根強い。その象徴的な動きが3月10日下院での人類初の女性飛行士ワレンチナ・テレシコワ議員(83)の「プーチン氏の続投こそが、我が社会の安定の要」との発言であった。この発言がプーチン続投を可能にするきっかけをつくった。

 プーチン氏は2024年以降さらに2期(12年)も、83歳となる36年まで、大統領職を続けることができる。しかし、プーチン氏がその通りに任務を延長するかどうかは、将来のことであり不明。6月11日、プーチン大統領は国営テレビとのインタビューで「まだ何も決まっていない」としながらも、自らの長期続投を可能にする憲法改正が成立すれば、「(次期大統領選に)出馬する可能性を排除しない」と述べて、注目された。

 次に、改正憲法における「領土割譲禁止」条項の明記は今後の日本の対露領土交渉にどんな影響があるのだろうか。2月13日に、「領土割譲禁止」条項が改憲作業部会で提案された。大統領は同26日、この提言について「完全に支持する」と賛意を表明しながらも、国境画定の作業を妨げないようにすべきだとの認識を示した。本邦では、対日領土交渉に配慮したのではないかとの臆測が広がったが、大統領の真意は明らかでない。

 安倍晋三首相はこれまで27回もプーチン大統領と一対一の会談を重ねてきた。今年5月7日に電話会談が行われたものの、具体的な交渉にはつながらなかった。しかも今年は、コロナ禍拡大もあって、ひざを交えての首脳会談の機会となる9月恒例のウラジオストク東方経済フォーラムの中止が決まっており、当面、28回目の首脳会談のチャンスは小さい。

 首脳間の個人的な信頼関係は国益に影響しない。安倍首相はこれまで日露首脳会談の前後に、必ずのようにプーチン氏と親しいと自負する鈴木宗男参議院議員と会って、対露交渉の指南を受けている。鈴木指南は的確だったのかどうか、十分な検証が必要ではないだろうか。日露関係筋には、安倍首相は対露外交の戦略を抜本的に見直すべきだとの声も上がっている。

国後島に記念碑を設置

 ところで、サハリン州政府は2日、同州が事実上管理する国後島に同日、「領土の割譲禁止」条項(第67条)を含む改正憲法の成立を記念した記念碑が地元若者たちの発起によって設置されたとのプレスリリースを発表した。国後島古釜布(ユジノクリリスク)の中央広場に設置されたのは、縦90㌢、横1㍍20㌢のプレートに憲法の当該条項や北方領土、クリミア半島を含めたロシア全土の地図が刻まれた石板の碑。ただし、記念碑に「領土の割譲禁止」条項の一部、「隣接国との国境画定作業を対象外とする」とのくだりが省かれている点は、注目すべきだろう。

(なかざわ・たかゆき)