【社説】露軍撤収情報 惑わされずウクライナを守れ
ロシアはウクライナ国境付近に10万人規模の軍部隊を集結させて侵攻圧力をかけ、米欧諸国を相手にウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻止しようと緊張を高めているが、軍の一部撤収を発表した。しかし、検証が困難な上、米欧当局者から撤収の証拠がないとの発言が相次いでおり、引き続きウクライナを守る国際社会の結束した対応を強化すべきだ。
米高官「7000人増加」
ロシアはクレムリンの大統領府でのプーチン大統領とラブロフ外相、ショイグ国防相とのやりとりを放映し、ショイグ氏が「任務を終えた」部隊や「演習を終えた」部隊を撤収すると報告する映像を公開した。
米バイデン政権の高官はロシアの発表を否定し、逆に露軍部隊は7000人ほど増加しており、さまざまな偽情報が出回っているほか、ロシアが情報工作によってウクライナ侵攻の口実をでっち上げる可能性にも警戒感を示した。戦争の可能性に直面して「砲撃」情報など扇情的な情報が錯綜(さくそう)することにより、偶発的な衝突や事件が大きな災禍を生みかねない。
また露下院は、ウクライナ東部ドンバス地域の親露派支配地域で「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するようにプーチン氏に要請する決議を行った。ロシアは、停戦に向けて2015年にウクライナ、フランス、ドイツと共に交わしたミンスク合意による親露派支配地域への「高度な自治」付与が履行されていないと批判しており、露下院は同合意を破棄して独立承認し、露軍を招き入れさせる選択肢をプーチン氏に与えている。
ウクライナのNATO接近は同国南部のクリミア半島を14年にロシアが併合したことで、ロシアが止められない動きになったものだ。しかし、ロシアにはクリミアを手放す意図もNATO不拡大要求で妥協する意図もなく、武力侵攻の能力は十分にある。平地続きのロシア、ウクライナでは軍部隊の移動など容易であり、撤収の見せ掛けに惑わされてはならない。
一方、「撤収」発表の背景には、結束を強める国際社会から脱原発を国策とするドイツをエネルギーで対露依存するままに引き留める狙いがあろう。ロシアはウクライナに対する軍事侵攻の圧力と、天然ガス供給のエネルギー・カードでNATO不拡大の要求を実現させようとしてきた。
しかし、米国は国際社会に欧州への天然ガス供給の融通を求め、米独首脳会談ではショルツ独首相が、ロシアがウクライナに侵攻すればロシア供給の天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」計画を停止することに同調する構えを示唆した。侵攻に対する強力な対露制裁の規模が膨れ上がることになる。
長期戦覚悟し牽制を
ロシアは独露首脳会談のタイミングで「撤収」の演出をしたが、緊張緩和で時間を繋(つな)ぎ、ノルドストリーム2稼働にこぎ着けてドイツの対露エネルギー依存度をさらに高めてから強硬策に転ずることも考えられる。ウクライナを守るには長期戦覚悟で米欧など国際社会が結束し、ロシアを牽制(けんせい)する必要がある。