軍事費2%の責任果たせ、露はNATOの「脅威」
約束を守らない中国
米コラムニスト ジョージ・ウィル
1995年、セルビア人がボスニアの国連職員らを軍事標的に拘束し、人間の盾とした時、米国務長官は戸惑っていた。ウォーレン・クリストファー氏は、「そこで起きている戦いは、完全に道理から外れている」と述べた。文明国家の政治家らは、平和的で合理的であることが国家の間では普通のことだという思い込みを持っていて、その逆の事象を目の当たりにするようなことがあると、少しずつ順応していくもののようだ。だが、合理的でないことは常に起きている。
◇楽観的なNATO
2008年にロシアのプーチン大統領は、ロシア人分離独立派を支援するためにジョージアの南オセチアに派兵した。ジョージアが反撃すると、プーチン氏は、後に政治評論家、ロバート・ケーガン氏が伝えたように、「何万人もの兵力、戦闘機、黒海艦隊の部隊で本格的な侵攻」を行った。
北大西洋条約機構(NATO)は10年に、何事もなかったように、40ページの「戦略的概念」を作成し、NATO、ロシア間の協力が、「共通の平和の空間創出につながる」と楽観的な見方を示した。NATOが「真の戦略的パートナーシップ」を望むなら、「相応の行動を取り」、ロシアからも「相応の対応を期待する」だろう。NATOは、「相互信頼、透明性、予測可能性に基づく建設的パートナーシップ」を求めるべきだ。
その後の11年間、ロシアの行動は予測可能だった。ウクライナ東部に侵攻し、クリミアを併合、これによって、地理的に欧州最大の国ウクライナの一部が分離された。ウクライナは今もロシアからの脅威にさらされている。ロシアはシリア内戦に介入し、虐殺を続けている。国内外の敵を暗殺し、暗殺を試みた。
ルカシェンコ大統領率いる独裁体制下のベラルーシは先月、新手の空の海賊行為で、軍用機を送って、民間機を国内に強制着陸させた。搭乗していた反体制ジャーナリストは逮捕された。
ラーブ英外相は、「このような行動が、ロシア当局の黙認なしに実行されると考えることは困難」と述べた。シンクタンク、大西洋評議会のブライアン・ホイットモア氏は、「ロシアとベラルーシの防空システムは、軍、治安部隊と同様、統合されている」と指摘した。ロシアのラブロフ外相は、ベラルーシの行動は「適切」と述べた。
ロシアは、「ハイブリッド戦争」を続けている。英紙フィナンシャル・タイムズが報じたカナダ・モントリオールのサイトがその一例だ。
独立研究機関と自称しているが、米国務省によると、「ロシアの広範囲の偽情報とプロパガンダに深く組み込まれている」。このサイトには5月、「新型コロナウイルスワクチンは、新たな感染と死亡につながる―確かな証拠」という見出しが掲げられた。これはある面、生物兵器戦と言っていい。
NATOは14日の首脳会議で、ロシアの行動を「脅威」と非難した。だが、ロシアの行動は明らかに、パイプライン「ノルド・ストリーム2」を停止させるほどのものではない。このパイプラインによって、欧州の、特にドイツのロシアのエネルギーへの依存度は高まる。
このロシアに対する陳腐な非難に同調したNATO加盟30カ国のうち、22年の軍事費が国内総生産(GDP)の2%以上になるのは、米国、英国、他の5カ国だけだ。NATOは7年前に、24年までにGDP比2%以上とすることを目標として採択している。
◇国際秩序への挑戦
NATOが1949年に発足した時、欧州がその焦点だった。初代事務総長、ヘイスティング・イスメイ卿が、NATOは「ソ連を排除し、米国を取り込み、ドイツを破る」ために創設されたと話したことはよく知られている。今、プーチン氏を育てたソ連の記憶が、プーチン氏を突き動かしている。同氏は、ソ連の崩壊は「20世紀最大の地政学的惨劇」だとまで言った。
バイデン大統領が、前政権のドイツ駐留米軍の削減を取り消したのは賢明な判断だった。ドイツは欧州最大の経済大国だが、22年の国防予算は恐らく、これまでと同様、NATOの目標を、少なくとも25%下回るとみられている。
NATOの戦略的概念には、中国という文言はない。しかし、今回の首脳会議でNATOは、中国を国際秩序への「挑戦」と位置付けた。だが、中国が取った以下のような行動に対する評価としては不足と言わざるを得ない。
香港の自治に関する約束を破棄し、世界的な大都市の自由を押しつぶした。中国軍機の台湾防空識別圏への侵入をエスカレートさせている(15日には、核搭載可能な爆撃機4機を含む、過去最多28機が侵入した)。公に約束したにもかかわらず、世界の海上交易の最大3分の1が通過する南シナ海の人工島を軍事化した。ウイグル族を弾圧し、米国はこれをジェノサイド(集団虐殺)として公式に認定、100万人以上のウイグル族が収容所に押し込められ、強制労働やそれ以上の苦難を耐え忍んでいる。
バイデン氏の欧州訪問の一つの目的は、同盟国に、米国は秩序ある世界の維持に関する責任に再度取り組む用意があることを再確認することだった。今度は、同盟国がそれに応えるべき時だ。






