臆測飛び交う露潜水艇事故
ロシアの北方艦隊所属の原子力潜水艇が7月初め、バレンツ海のロシア領内の深海で火災を引き起こし、14人の乗員が死亡するという事故が発生した。超機密性の潜水艇の事故だけに正式発表の情報は乏しく、さまざまな臆測が飛び交っている。事故の第1報は、ロシア国防省が7月2日、北極近くのロシア領海の海底を調べる深海調査を行っていた海軍の小型深海探査潜水艇に火災が発生し、乗員14人が煙で中毒死した事実を明らかにしたことだった。潜水艇はふだんは原子力潜水艦の下部に装着され、探査時に海底に降ろされる。事故は1日に発生したが、2日夜まで公式発表はなかった。
最も機密性高い潜水艇
乗員が火災を消し止めた潜水艇はその後、北方艦隊の基地があるロシア北部コラ半島のセベロモルスクに移されたという。ロシア連邦捜査委員会がすぐに火災の原因などの調査に乗り出したが、水深6000メートルまで潜行が可能なこの潜水艇は、軍事機密性が高いため、国防省は詳細を一切明らかにしなかった。プーチン大統領は事態を重視し、ショイグ国防相に、セベロモルスクに向かい、原因調査に当たるよう命じたと伝えられた。
そして事故から3日目の4日、プーチン大統領は、多くの乗員たちが死亡するという火災を起こしたのは、最高機密の原子力潜水艇であることを初めて明らかにした。大統領の発言はクレムリンでショイグ国防相から説明を聞いたあとのこと。同国防相は大統領に、同潜水艇の原子炉は封じ込められていることを保証したと報じられた。国防相の説明では、火災は潜水艇の蓄電池室で発生したという。
ロシアのメディア「RBC」は4日、高度の訓練を受けていた小型潜水艇の乗員たちがなぜ酸素マスクを使用できなかったのかの唯一納得できる説明は、バッテリー室の火災とされるものは実際には爆発で、この爆発によって乗員の大半の命が奪われたのだと報じた。今回の事故に関しては、隣国ノルウェー当局から照会があったにもかかわらず、4日までは事故が起きたのが原子力潜水艇かどうかについて、ロシア側は一切明らかにしなかったという。
「RBC」はまた、匿名の軍事筋の話として、原子力を動力源としているこの潜水艇は、極めて深いところで特別作戦を実施するよう設計された「AS12」であると伝えた。「ロシャリク」というニックネームのこの全長79メートルで25人乗りの潜水艇は2003年に進水し、ロシア艦隊の中で最も機密性の高い潜水艇の一つだという。
国防省は、事故の詳細を隠蔽(いんぺい)しようとしたとの自国マスコミの批判に屈してか、最終的に、犠牲者の氏名と写真を公表し、死亡した乗員たち(うち7人は上級大佐だった)は自らの命と引き換えに、「仲間と深海潜水艇」を守ったとたたえた。
一方、北大西洋条約機構(NATO)は2日からバレンツ海に近いノルウェー沖で対潜水艦演習「ダイナミック・マングース」を始めており、「ロシャリク」の特別任務と関連があったのではないかとの臆測が出ている。「RBC」によれば、「ロシャリク」は海底通信ケーブルの防衛や通信傍受、敵対国のケーブル切断による通信妨害などの任務を担うロシア海軍の部局に所属するという。従って、「ロシャリク」が実際の通信傍受作戦に従事していたか、あるいはその訓練を行っていた可能性があるようだ。
「クルスク」以来の惨事
今回の原子力潜水艇の火災事故は、プーチン政権がスタートして間もない2000年8月12日に、北方艦隊所属の巡航ミサイル原子力潜水艦「クルスク」が船首部分の2回の爆発でバレンツ海の海底に沈み、乗っていた118人全乗員が死亡した悲劇以来、最も深刻な潜水艦(艇)事故の一つといわれている。
最近のロシア潜水艇の事故と言えば、05年8月にはロシア太平洋艦隊所属の小型潜水艇「AS28」号(乗員7人)が漁網とケーブルに絡まれて浮上できなくなったところを、英海軍の救助チームが遠隔操作でケーブルを切断するという5時間にわたる作業を展開した結果、救助された。プーチン大統領が当時のブレア首相に電話で謝辞を伝えたという。
(なかざわ・たかゆき)