人気に陰りプーチン露大統領

中澤 孝之日本対外文化協会理事 中澤 孝之

安定より変化求める国民
年金支給年齢引き上げに反発

 ロシア全土に議論を巻き起こした年金改革法の修正案が議会上院で10月3日、可決、成立した。ロシアの独立系調査機関「レバダ・センター」の世論調査結果(9月27日発表)によれば、「男性の年金支給開始を65歳に引き上げることについてどう思うか」との質問に、「激しく否定的」と「どちらかと言うと否定的」という回答が、6月調査でそれぞれ70%、19%、9月調査で63%、22%と8割以上の回答者が否定的であった。「女性の年金支給開始60歳への引き上げ」に対しても否定的が、6月調査では90%、9月調査で88%で、こうした数字からも、最近メディアで指摘されたプーチン大統領支持率急落の主因は、年金受給年齢に対する国民の不満であったことがうかがえる。

 10月4日発表の同センターの調査結果によると、「プーチン大統領に満足できる」との回答は67%で、2017年同月の83%から16ポイント急落した。「満足できない」は33%(同17%)に達した。大統領への満足度は、ロシアがクリミア半島を編入した翌15年には80%に急上昇し、その後も高水準を維持してきた。しかし、今回の調査結果はクリミア編入前の13年の60%台とほぼ同水準で、ロシアの有力紙「コメルサント」は「年金改革がクリミア編入効果を帳消しにした」と分析した。

 ところで、プーチン大統領は今年3月の大統領選挙で再選を果たした。プーチン氏の得票率は全国で76・69%と候補者8人のうち断トツで、あとはロシア共産党のパーベル・グルジーニン氏が11・77%。残り6人は全員1桁台だった。

 ついでながら、全国87の連邦構成主体の選挙結果調査を見ると、プーチン氏が9割以上の得票だったのは5共和国1都市で、その中には、クリミア共和国(92・15%)とセバストポリ市(90・19%)という14年ロシアに編入された地域のプーチン支持率の高さが目立っている。クリミア編入に対するウクライナや欧米諸国の対露批判にもかかわらず、この地域の住民がロシアへの編入を肯定的に受け止めたことを表しているのかもしれない。

 さて、プーチン大統領への支持率低下の原因は、年金改革問題だけではなさそうだ。依然続く都市と地方の激しい経済格差や、政権長期化の閉塞感などから、プーチン流の「タフガイ」テフロン路線に陰りが見え始めているのである。

 ソ連解体後エリツィン時代のロシア内政の大混乱の後、2000年春に大統領に就任して以来、経済再建とともに、「安定」を優先してきたプーチン氏だが、ロシア国民がプーチン長期政権に飽きてきたこともあって、国民感情は、「安定」より「変化」にシフトしつつあるようだ。有力英字紙「モスクワ・タイムズ」(10月16日)掲載の論稿を参考にしながら、この「変化」を検証してみよう。

 ロシアの政治学者のミハイル・ドミトリエフ氏と社会学者のセルゲイ・ベラノフスキー氏は10年代初めから、ロシアにおける「抗議の風潮」というものの兆候をつかむために、ロシア人の大衆意識を研究しており、議会選挙の不正操作が引き金を引いた11年と12年の中産階級の抗議行動を予測していた。彼らはいわゆる「体制内リベラル」の穏健派で、上からのロシアの改革を信じている。2人のうちドミトリエフ氏は前経済次官で、現在は、アレクセイ・クドリン会計検査院長官(前財務相)が設立した「市民イニシアチブ委員会」のメンバーだ。同委員会は最近、さらに心理学者のアナスタシア・ニコリスカヤ女史を加えた3人が執筆した分析報告を発表したが、報告はプーチン政権に対する国民の見方および国民と国家との契約に重要な変化が生じていると述べている。彼らが言う変化は、欧州と米国で近年起きている反エスタブリッシュメント感情に呼応しているという。

 ドミトリエフ氏とその協力者たちは、「変化」を望む国民の圧倒的な願望を指摘している。たとえ、その「変化」は、危険で、まだ試されたことがないものであっても、長期にわたり支配的だった「安定志向」に取って代わったのである。同時に、1990年代に持てはやされた多元主義や民主主義の後で、強い男プーチンを歓迎したロシア国民は、もはや「腕力」を渇望していないことが分かったという。今や強力な指導者を求める人は調査回答者のわずか7%にすぎず、80%は「秩序」より「正義」を求めるようになったのだ。このロシア国民が求めるような「正義」は、法の前の平等という西側概念とはあまり関係なく、経済的不平等に関するものだ。回答者たちは、無料の医療と教育、移民制限や、退職年齢の引き下げなどを要求している。

 また、長年の集中的なプロパガンダにもかかわらず、「大国ロシア」という考え方は限定的にしか根付いていない。調査で「ロシアは大国」に賛成したのはわずかに20%だった。49%は大国と後進国の間だと答えた。これらの人たちにとって、軍事力や輝かしい歴史は、繁栄する近代的な社会志向の経済を伴わなければ、大した意味がないということであろう。政権担当4期目に入ったプーチン氏はこうした国民の求める「変化」にどう対応していくのか。難しい舵(かじ)取りを迫られている。

(なかざわ・たかゆき)