中国のミサイル増強に対抗、米政権がINF全廃条約離脱の意向

 トランプ米大統領は先月20日、1987年に当時のソ連との間で結ばれた中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱する意向を表明した。ロシアが条約の違反を続けていたことが大きな理由だが、条約に加盟せず大量の中距離ミサイルを保有する中国に対抗する上で利点が大きいと専門家は指摘している。(ワシントン・山崎洋介)

地上発射型で抑止力向上へ

 INF条約は、射程500~5500㌔の地上発射型の弾道・巡航ミサイルを禁止している。オバマ前政権は、2014年にロシアがこのINF条約に違反して地上発射型の巡航ミサイルを開発しているとして非難。その後も米政権は、ロシアが条約に違反して新型のミサイルの開発や配備を行っていると繰り返し批判してきた。

中国の弾道ミサイル

今年2月、北京の軍事博物館に展示される中国の弾道ミサイル(UPI)

 しかし、INF条約離脱は、ロシアよりも中国に対する軍事戦略の面で意義が大きいとされる。米シンクタンク、ハドソン研究所のジョン・リー上級研究員は、先月下旬に発表した論文で、ロシアよりも「INF条約に制約されていない中国への対応の方が、はるかに切迫した問題だ」と強調し、中国の脅威を理由に条約離脱の妥当性を主張している。

 中国は、米軍の展開を阻む「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略の下、地上発射型ミサイルを増強。これらの多くは米軍基地のある日本やグアムなどを射程に収め、中には空母を標的とする対艦弾道ミサイル東風21Dも配備されている。

 昨年4月、当時のハリス米太平洋軍司令官は、中国軍のミサイル戦力について「世界で最も大規模で多様」だと指摘。「仮に中国がINF条約の加盟国だとすると保有する約2000発の弾道・巡航ミサイルのうち約95%が違反となるが、条約を順守する米軍はこれに相当する戦力を持っていない」と懸念を示していた。

 この問題を以前から指摘していたボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、2011年にウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿で、中国が弾道・巡航ミサイルを増強させ、「台湾だけでなく、西太平洋における米軍基地や海上戦力を脅かしている」と警戒感を表明。この脅威を減らすためには、「INF条約の加盟国を拡大するか、抑止力を再構築するために条約を破棄するかのどちらかが必要だ」と主張している。

 トランプ氏によるINF離脱表明の背景には、こうした中国のミサイル戦力に対抗するため従来の空中・海洋発射型に加え、地上発射型ミサイルの選択肢を確保し、抑止力を高める狙いがある。

 元国防総省副次官補で米シンクタンク、新米国安全保障センターの防衛部門責任者を務めるエルブリッジ・コルビー氏は「米軍が地上発射型のミサイルを配備する能力を持てば、西太平洋で紛争が起きたときに、これまで以上に多様で耐久性のある攻撃能力を得ることができる」と強調し、米国にとって利益となるものだとした。

 リー氏も「A2ADに対する効果的な対抗手段の一つは、容易に秘匿や移動ができ、さまざまな場所から発射ができる地上発射型ミサイルを開発することだ」とその有効性を指摘する。

 ペンス副大統領は先月上旬の演説で、東シナ海や南シナ海などで海洋進出を強める中国に対し、「われわれは脅迫され、退くことはない」と強調。中国に断固として対抗していく姿勢を鮮明にしている。トランプ氏が米軍の手足を縛るINF条約から正式に離脱すれば、中国に対してより軍事的な圧力を高めることになりそうだ。