露のシリア軍事介入から5年
日本対外文化協会理事 中澤 孝之
政治的解決の展望見えず
戦後復興への資金調達は困難
ロシアがシリア内戦に軍事介入して今年で5年目に当たる。プーチン政権は、1980年に締結されたソ連・シリア友好協力条約に基づいて、ソ連時代からのシリアとの緊密な関係を引き継ぎ、同国と今なお同盟関係にある。ソ連解体後も、ロシアはシリア地中海沿岸のタルトゥース港をロシア海軍が補給拠点として駐留を継続している。
2011年以来のシリア内戦に関してロシアは一貫してアサド政権を支持しつつ、タルトゥース港使用のほか、フメイミム空軍基地などを新たに開設した。そして、ロシアは15年9月30日から内戦への直接的な軍事介入に踏み切った。シリア政府からの要請を受けたことを理由にした。ロシア連邦航空宇宙軍によるシリア国内のISIL(西アジアで活動するイスラム過激派組織)を主要目標としたシリア空爆である。
帝国主義的野心疑う声
シリアへの軍事介入で、ロシアは米国から中東地域での主導権を奪い、同地域への影響力を増大させた。翌16年2月プーチン大統領は、シリアに派遣していたロシア軍の主要部隊を撤退させると宣言。事実上の大規模な軍事介入は終了したが、ロシア政府の公式発表では、18年4月の時点で、シリアには延べ4万8000人が派遣され、44人が死亡した。政府軍の他にワグネル社などロシアの民間軍事会社スタッフもシリアで活動、数百人が死亡したといわれている。ロシア野党のヤブロコは、18年3月までにシリアでのロシアの戦費は2450億ルーブルと推計した。
ロシア当局は今なお、相変わらずシリアにおけるロシアの軍事作戦の結果を声高に宣伝し、グローバルなテロリズムに対する勝利を主張している。一方、地域の各勢力と西側はロシアのシリアへの軍事介入で、ロシアを計算に入れなくてはならなくなり、前年のクリミア併合に伴うロシアの孤立を最小限にとどめる結果をもたらした。
ロシアの中東情勢の専門家の一人は、ロシアのシリア内戦への軍事介入開始から5年を振り返って、「ロシアは自国領土へのテロの拡散を防ぐことを口実にしてシリア内戦に介入した。しかし、その結果、戦闘に習熟したテロリストの大部隊がロシアの国境に迫ってくるという事態を招いた」と主張するとともに、「中東におけるロシアの役割が根底から変わった」と論じている。また、「シリアはロシアの政策に不満を次第に持ち始めている。モスクワは帝国主義的野心を抱き、シリア国民のためにほとんど何もせず、シリアをロシアの地政学的なゲームに利用しようとしているのではないか、と疑っているのだ」とも指摘した。
アサド・シリア政府が国土の大きな部分に対する支配を何とか取り戻せたのはロシアによる軍事的かつ外交的な支援のお陰だ、というのは真実であるが、シリア問題の政治的な解決の展望はほとんど見えないままである。シリア政府は現状に完全に満足しており、政治対話を始めるつもりなど全くない。しかし、内戦の政治的解決達成へ向けた進展がなければ、西側によるシリア制裁は続き、シリアは戦後復興に必要な資金を調達できない。西側をはじめとした資金提供者はむしろ、アサド政権の支配下に入っていない地域に資金を投入することになるだろう。
高まるトルコとの緊張
他方、中東地域の大国トルコの地政学的な野心が膨らみ、レジェプ・エルドアン大統領と衝突せずに国益を守ることが、ロシアにはますます難しくなっている。さらに問題なのは、最近のナゴルノカラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの紛争が示すように、後者を支援するトルコの関心を抱く範囲がロシア国境にますます近づいてきていることだ。
クレムリンにとってシリアでの軍事作戦は当初は、成功だった。しかし、世界の複雑な地政学的、経済的状況の下で、ロシアがこのプラスのモメンタムを維持することがなかなか困難な状況であることは間違いない。
(なかざわ・たかゆき)