ロシア民間軍事会社の実情

ロシア研究家 乾 一宇

利潤追求の現代版「傭兵」
GRU系とFSB系で違いも

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 大規模戦争生起の公算が低くなる一方で、世界各地で紛争や内戦が絶えない。

 紛争などに関与する西側諸国では、人的犠牲や財政負担の拡大、あるいは秘密活動(国際法違反の秘密裏の活動等)の発覚対応の措置として、軍隊機能の一部を外部委託(アウトソーシング)する状態が生じている。特に2001年の9・11事件を契機に、軍事の民営化の流れが起こり、拡大している。

 現代版「傭兵」である。民間形態なので、特別のことがない限り不明の部分が多い。

軍や政府は関係を否定

 発覚して政治問題化しても、ロシアの場合だと「民間人であり、ロシア軍・政府とは関係がない。把握もしていない」と弁明する。

 昔から軍隊には二つの流れがあった。一つは古代ギリシャやローマの市民の義務・権利に基づく軍隊、もう一つは金で雇われる傭兵である。

 時代が移り、フランス革命でこれまで政治や軍事に関わりのなかった一般庶民が、自由・平等・博愛の理念の下、徴兵に駆り出され、戦争の様相が一変した。

 国民の義務感にも限度がある。国家存亡のときはいざ知らず、理想や国益のために犠牲になったり、精神疾患などが増大したりして、近年、先進国では戦争への見方も変わってきた。

 これに応じ民間委託の軍事的需要と供給が生じたのである。英国で始まり、米国で盛んになり、遅ればせながらロシアをはじめ後発国でも商売になり始めた。

 民間軍事会社の元祖といわれるのは、南アフリカ共和国のエグゼクティブ・アウトカムズ社である。南アで、アパルトヘイト廃止など政治状況の激変を受け、職を失った軍特殊部隊や警察特殊部隊の経験豊富な将校(白人)、下士官、兵(黒人)を個人ごとに高額の給与で、同社は雇用した。同社が売り込みにしたのは、戦略・戦術上の助言、高度な戦闘訓練、“説得”による平和維持業務、武器調達の助言などの軍事業務であった。

 ここで指摘したいのは、軍や治安機関の特殊部隊と民間軍事会社との区分けである。

 特殊部隊は、正規軍の精鋭部隊であり、比較的小規模だが重要な任務を果たす。平時、国情不安な地域にも投入される。秘密諜報(ちょうほう)活動、破壊工作、転覆活動、対テロ・破壊工作、ゲリラ戦などに携わる。

 民間軍事会社は、多くが特殊部隊出身者で、能力・技量の優れた者が雇用される。

 08年のグルジア(現ジョージア)紛争を契機に、ロシアではスラブ軍団等10以上の傭兵企業が出現した。スラブ軍団は、警備会社モラン・セキュリティ社が受注したシリアでのエネルギー施設警備の下請け会社として、13年に設立された。警備業務から徐々に業務を拡大、一部作戦にも従事したといわれる。

 翌14年に本格的な傭兵会社ワグナー社が、元ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)特殊部隊のD・ウトキン元中佐(元スラブ軍団所属)により設立された。出資者は、プーチン大統領との知遇から、軍の給食を請け負い、財を成したE・プリゴジンなる人物である。ワグナー社は、ウクライナやシリア、最近ではリビアで軍の統制下で活動している。

 連邦保安庁(FSB)と関係があるルビコン社は、ソ連崩壊・ロシア誕生直後の混乱した1992年に、早くも「社員」をボスニアに派遣していたと報じられている。

金目当てで独自行動も

 ロシアの軍事民間会社を観察するに当たり、次のことに留意する必要がある。

 一つ目は、その民間会社がどこの系列のものかである。ワグナー社ならGRU系列、ルビコン社はFSB系列、あるいはその他なのかである。ある程度活動の性格が類推できる。二つ目は、こういう系列は、表の関係であり、裏では金銭目当てに系列を外れて独自の行動を取ることがある。三つ目は、大小の民間軍事会社があり、ある部分を互いに融通し合い、時には競合することがある。政府と結び付きつつ、傭兵は利で動く。利潤追求の企業であることを忘れてはならない。

(いぬい・いちう)