ロシアのインターネット主権法
ロシアは外国とのインターネット通信を遮断・制限するとした「インターネット主権法」を11月1日に発効した。ロシア側は外国からのサイバー攻撃やテロ活動に対する有事の際の防止策だと説明している。この背景には2018年9月に採択された米国の新サイバーセキュリティー戦略で用いられた、以前とは異なる強い語調にあるとされる。
仮想敵国を以前同様にロシア、中国、イランおよび北朝鮮とし、重要インフラから宇宙探査を含む分野で米国の国益に反する際には防御するだけではなく攻撃的に対処するとし、米国の優位性をあらゆる手段で維持するとうたっている。抑制に徹するのではなく実質的な反撃が可能であることを示唆した内容にロシアのプーチン大統領は、米国がロシアのインターネットをサイバー攻撃した際にロシアのインターネットをグローバルネットワークから遮断し、その機能を保証するための法律に19年5月に署名した。
1年を要する設備配置
10年6月、当時大統領であったメドベージェフ氏はシリコンバレーのツイッター社を訪問し、そのアカウントを設け初の公式投稿を行い、グーグル、シスコ、アップル社にも立ち寄り、スタンフォード大学で「ロシアは開かれた国になろうとしている」と誇らしげにスピーチした。まさにロシアが世界的な技術のコミュニティーに参画した象徴的な出来事だった。
再びプーチン大統領が返り咲いた12年以降、インターネットの自由を制限することを明確にし、17年には仮想プライベートネットワークの使用を制限した。
インターネット主権法により通信事業者はネットワーク上に、禁止されたウェブサイトへのアクセス制限、インターネット通信の送受信情報の脅威に対抗するための技術手段を設置しなければならない。管理は連邦通信・IT・マスコミ監督局(ロスコムナドゾル)が行う。つまりロシア政府の意思で、インターネット・プロバイダーに通知せずに、合法的な形でこの慣行を可能にするものだ。
本法の起草者であるアンドレイ・クリシャス上院議員によると、規定内容の実現に必要とされる機器の設置・メンテナンスは国家予算の負担となり200億ルーブル(約340億円、1ルーブル=約1・7円)に上るという。
1960年代にインターネットの元を手掛けた米軍の研究者は当時、ソ連の核攻撃が発生した場合にでも作業が継続できるように設計した。従ってロシア側も同様のことが言える。つまり、グローバルネットワークからインターネットを遮断するのは技術的に容易ではなく、かつ経済的な損失も大きいことが明白だ。現実には技術的な要因で連邦政府による設備配置にはさらに1年を要するとみられている。
ロシアが思い切った手段を取る背景は前記の動機以上に自国の内政の動きを見る必要がある。今やロシア市民が政権を批判したり、政権に対してデモを含む不安な動きを見せたりした場合に、特定の地域でインターネット通信の遮断が合法的に可能になった。
現在、ロシアの若者たちの多くが海外旅行に出掛け、各国であらゆる情報を自由に享受している。ITがあまりにも身近であり、息をするかのごとく生活の大半のツールであるそのメリットを若者たちは肌で感じ、利用してきた。この現実の中、市民の情報監視を行うのはプーチン政権支持率の低下が大きな要因だ。
デジタル経済化と矛盾
一方、従来の石油、天然ガスに依存するのではなく、また、人工知能(AI)を制する国が世界を制するとしたプーチン大統領は、18年7月にデジタル経済化に言及し、ロシアに「技術、環境、自由の間の調和が必要だ」と述べ、テクノロジーこそが市民に新しいデジタルモデルの実装を提供すると述べている。
そのデジタル経済化の鍵としてスタートアップの育成を盛んに推進しており、日露のスタートアップ連携の事例も少なくない。ロシアは歴史上多くの科学者、数学者、物理学者を生み出しており、優秀な頭脳の宝庫でもある。我が国のIT企業ではロシアのポテンシャルに期待する声も聞かれる。
ロシアも多極的な枠組みの中で外交を推進する方針を打ち出し、国力としての科学技術の発展を推進する中、外国とのインターネットを遮断することはロシア自身が大国としての役割を果たす上で果たしてどのようなメリットがあるのか。課題はあまりにも重い。
(にった・ようこ)











