米財政問題の隙を突く中国

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

習氏が首脳外交で攻勢
重要な同盟国・日本の対応

 世界中が注目した米国のデフォルト(債務不履行)は回避され、米国は財政破綻をかろうじてまぬがれた。今回の土壇場の解決は暫定的なものであり、米国の政治運営に多くの課題を残しており、また、米国内の重要問題にとどまらず国際経済などに与えた影響については、改めて論じられるべき大問題であろう。しかし本稿では、今次問題が米国の世界戦略やアジア地域の安全保障環境にもたらした影響などについて考えてみたい。

 その対外的な影響は、去る10月7日からインドネシアとブルネイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議から環太平洋経済連携協定(TPP)までの一連の国際会議で端的に現れた。首脳外交にオバマ大統領が国内問題に縛られて出席できず、逆に中国の習近平主席が出席して存在感を大きく示した。そこではアジアにおけるパワーバランスの変動が予感され、今後の同盟関係維持に多くの示唆が読み取れた。

 冷戦後の国際秩序で主導的な地位にあった米国は、シリア・アサド政権の化学兵器使用に対して軍事力発動の制裁を唱えたが、ロシアや中国の反対で実行できなかった事例など、このところパワーの退潮を予感させるものがあった。それらを踏まえて先のASEAN首脳会議など一連の首脳外交では、急台頭する中国と守勢に回りかねない米国との力関係が見られた。

 実際、フィリッピンなどオバマ大統領欠席を憂慮する国がある中で、習主席は首脳会議出席に合わせて東南アジア地域への初の公式訪問を進め、積極的に首脳会談やタイ、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、インドネシア5カ国を歴訪し、微笑外交を展開した。

 まず、ASEAN諸国に「善隣友好条約」の締結を呼びかけるとともに香港との自由貿易協定(FTA)締結の支持などが表明された。さらに支援外交も展開された。

 現に習主席は議長国インドネシアでは、ASEANとの貿易額を20年までに2・5倍の1兆ドルに拡大することを提案し、ASEANから中国へ留学生を1万5000人招き、3~5年間の奨学金の提供を申し出るなどの表明がなされた。マレーシアでは17年の貿易額を12年の560億ドルから1600億ドルに増やすとともに、シンガポールへの高速鉄道建設には中国企業の参入を約束した。注目すべきは中国と南シナ海で激しい領有権争いを続けるフィリッピンとの首脳会談がなく、歴訪先から外すなど孤立化が図られていたことである。そこには「一枚岩」を追求するASEANに亀裂の芽を残している事実も看過できない。

 これまでも米中両国は対立と協調を反復してきたが、南シナ海の領海問題や海洋の安全保障をめぐる対立では、米国が目指す中国牽制の役目は代理出席のケリー国務長官には荷が重すぎた。実際、ASEAN加盟国と日中韓米露などが加わった東アジア首脳会議(EAS)で、ケリー長官は「航行の自由は太平洋の安全保障に必要だ」と中国の海洋進出を牽制したが、中国はASEANとの協調関係を誇示しながら米国の介入を拒否した。また、焦点の南シナ海の行動規範設定についても、李克強首相は「当事国が協議を通じて平和的に解決すべきもので、争いのない国は介入すべきではない」と米国に釘を刺していた。

 ちなみにEASにはオバマ大統領は11年から出席して、「法の支配や紛争の平和的解決、航行の自由を推進し、米国がこの地域の安全と安定を擁護する」と主張してきたが、その影響力を今回は発揮できなかったことになる。

 中国外交はさらにASEAN諸国が希望する、法的拘束力があって紛争解決に資する南シナ海の「行動規範」締結に対しても柔軟姿勢を示すだけでなく、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)による経済融合を提案するなど、ASEANに対する融和姿勢が目立った。このように中国外交は、これまで受け身の中国脅威論の打ち消しから、ASEAN諸国に対して攻勢に転じた印象さえ受ける。そして中国内には「オバマ大統領がASEAN会議に出席しなかったのは、中国指導者と張り合うのを避けた可能性があり、日本の有識者は日米安保条約への疑念を深めている」(環球時報、10・18)との報道さえ出ている。

 見てきたような米中確執をもって米国勢力の退潮と見るのは早計であろうが、米国は財政難から国防費を向こう5年間で5000億ドルの削減を決めている。関連して昨年1月に公表された米新軍事戦略では、冷戦後、世界の警察官の地位を維持してきたと同時に2正面の戦争に対処する軍事態勢の放棄と縮小を表明していた。

 このような事態を踏まえて、これまで米国の軍事プレゼンスに依存してきた同盟国は何をすべきか、真剣に考え、取り組む必要が生じてきたのではないか。少なくとも日米同盟に安全保障を依存してきた日本は、今後どのように同盟関係を維持し、補強するか、対応が求められている。

 東京では日米の外相と国防相(2+2)会談が開催された。ガイドライン改訂の約束や、離島防衛などが検討され、中国に対しては「国際規範の遵守や軍事面の透明性の向上」を粘り強く働きかけることが話し合われた。日本の責任は重く、米国が求める日米韓の連携強化も北東アジアの安定には重要であり、防衛政策のみならず近隣外交も含めた我が国の同盟国としての対応姿勢も重要になってこよう。

(かやはら・いくお)