さ迷い続けるアメリカ政治
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
国の破産を駆け引きに
強硬なティーパーティー派
真夜中を過ぎるとアメリカは破産、と財務省が警告したアメリカ時間17日の直前に一時的な連邦予算と債務上限引き上げが合意された。しかし議会共和党と民主党間でどうにか合意し、オバマ大統領が署名した妥協案は、根本的な問題を解決したわけではない。連邦予算はわずか3カ月後の12月中旬が期限、そして債務上限は1月中旬まで引き上げられたにすぎない。つまり再び同じような熾烈な対立がアメリカを麻痺させる恐れがある。
連邦政府の一部閉鎖は、ワシントンの政治や経済界、そして国立公園や博物館を訪れる観光客、そして連邦政府の援助をうけるホームレス施設、最先端医薬を用いる臨床治験患者など生死をわける援助を停止された人々以外には、それほど身につまされる危機ではなかった。企業や個人を含めアメリカ経済にどれだけの負担をもたらしたかはまだはっきりとは分からない。
しかし、例えば2001年の同時多発テロがアメリカ社会、政治、安全保障政策、さらには個人の考え方まで根本的に変えたように、この経験がアメリカ政治に大きなインパクトを与える兆しはない。それぞれの立場に固執する政治姿勢が変わるという明るい見通しはなかなか立てられない。
この対峙の勝者は、オバマ大統領と民主党。敗者は、ティーパーティーに引っ張られた共和党とされる。大統領の支持率も今年初めから下がり続け不支持が5割を超えているが、共和党の支持率の低下は目を覆うものがある。ピューリサーチの今月9~13日の世論調査では支持率わずか2割である。しかし、この事態を招いたティーパーティーが反省し、共和党がより伝統的な保守主体に戻る兆しはない。あるいは、両党がともに招いた事態に恐れをなし、歩み寄りを見せる様子もない。
合意が達成された後、すっかりティーパーティーの顔となったテッド・クルーズ上院議員の表情を観察したベテランジャーナリストは、「あれほど満足げな顔をみたことはない」と評した。クルーズ氏は、オバマケアといわれる医療保険制度改革を廃止させるために21時間にわたる演説を続け一躍有名になった。連邦予算や債務上限引き上げ議論を、歳出削減や赤字削減、あるいは年金など福祉制度の在り方という本来の視点から、政府の機能運営や国家の信頼を「人質」にオバマケア廃止という戦術にもっていった“戦闘指揮官”である。
共和党は下院で多数を占めるが、最終的な合意案には、共和党議員の231人のうち3分の2に近い144人が反対票を投じた。そのうち約半数が根っからのティーパーティー派、残りがティーパーティーに同情的な浮動票とされる。ティーパーティー議員たちを選出した選挙区では7割以上がティーパーティー派、あるいは、クルーズ議員らの信念に満ちた確固とした姿勢に絶大な拍手を送っているとされる。オバマケア廃止の戦いはこれから、という宣言が次期選挙でも票獲得への確実な道である。
オバマケアに対する反対は未だに根強い。オバマケア廃止のために政府予算や国家の信用を人質にすべきとまで思う人は少ないが、オバマケアを廃止、大部分変更、少なくとも一部変更すべきという人を合わせれば国民の7割に及ぶ。
クルーズ議員らはそうした人々ばかりでなく、ますます強固になる反ワシントン気運も代表する。アメリカ人は従来からも政治や経済への憤懣は、州政府ではなくワシントン連邦政府に向けてきたが、経済不安、高失業率、そうした問題を解決できない民主党・共和党の対立する政治を前に、ますますワシントンへの不信感を強めている。クルーズ議員はそうした人々の気持ちを代表しており、共和党指導層はクルーズ議員らティーパーティー派を抑えることができない。
さらに状況を改善する可能性を阻んでいるのは、オバマ大統領の姿勢である。オバマ氏は時間とねばりを要する政治的交渉を好まない。オバマケアに至るまでも、あるいは今回の予算や債務上限引き上げ問題にしても、自ら議会の指導者や両党の重鎮たち、さらにはビジネス界や金融界の人々と膝を突き合わせて議論を繰り返し、駆け引きをし、妥協点を探ることはしなかった。大学教授がもめている生徒たちを傍観するかのごとくの姿勢は、民主党指導者やリベラル系の評論家たちからも厳しく批判される。
こうしたワシントンの政治情勢は、予算交渉、債務引き上げ交渉を今後も困難にするばかりでなく、山積みになっている移民法改革、銃規制法、さらには環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)などさまざまな問題の最善の解決策をさぐる可能性を阻むことになる。次なる戦いは移民法改革とされるが、共和党側はすでにオバマ氏が、最良の法案を成立させることではなく、内紛にあえぐ共和党をたたきのめすことを目的としているとみなしている。
デフォルト(債務不履行)も恐れないかのようなアメリカ政治は、アメリカの経済や通貨に対する信用を下げた。アメリカが築いた国際秩序への信頼をも脅かし、その安定を乱している。しかし、ワシントンは、この金縛りから逃れる道を見出していない。
(かせ・みき)