衆参ダブル選の心理戦争、国家の命運懸ける安倍宰相
警視庁担当の事件記者だった時に、突然、「賭博」の解説記事を書く仕事を命じられた。品行方正というわけではないにしても麻雀もパチンコもやったことがない。慌てて捜査4課の賭博専門刑事の下に日参して花札や骰子を使うチンチロリンなど博打のイロハを教えてもらった。花札にも「手本引き」という高度で複雑な博打まであることを知った。清水次郎長が好んだといわれ心理ゲームの趣もある。だが、記憶に残ったのは「ヒトは単純な賭けほど燃える」ということだった。
その目で眺めると、年がら年中行われる地方選よりも、一緒に纏めた統一地方選の方が確かに血が騒ぐ。議員選よりもたった1人を選出する首長選の方が沸く。顔も知らない候補が立候補している参院選よりも、馴染みがいる衆院選は身近で力が入る。参院選単独よりも、ドカンと一発、衆参ダブル選の方が間違いなく、熱く、熱く燃える。
参院選だけならば、たとえ自民党が後れを取ったにしても宰相退陣、幹事長引責辞任でコトが済む。宰相が退陣しても、それはそれで一大事には違いないが、自民党内の「政権の盥回し」で用が足りる。自民党政権は揺るぎない。宇野宗佑、橋本龍太郎、安倍晋三(第1次)は敗北したが、自民党政権は続いてきた。
それが参院選と衆院選を同じ日に投票する「衆参ダブル選」となると、コトは「政権」にかかわる。勝ち負けに「国家の命運」が直結する。燃えに燃えて当たり前である。火の手が一挙に燃え上がるのかどうかは、神と、衆院の解散権を握る宰相のみぞ知る。
とはいえ、いま永田町を舞台に「解散音頭」を踊っている役者は、揃って安倍晋三一座の花形である。幕開けは宰相の側近中の側近である萩生田光一(自民党幹事長代行)である。6月の日銀短期経済観測調査(短観)が悪ければ、10月に予定している消費税増税を先送りして、その選択の是非を衆参ダブル選で国民に問うべきだとぶち上げた。この手で、宰相はすでに2回、消費増税を先送りにし国政選に勝っている。いかにもありそうなシナリオである。二階俊博(自民党幹事長)、菅義偉(官房長官)も連れ踊りに加わった。岸田文雄(自民党政務調査会長)も「雰囲気は感じている」と囃し立てている。
自民党が「衆参ダブル選」に固執するのは大平正芳が憲政史上初めて断行したダブル選(1980年)、中曽根康弘が勝負に出た死んだ振り解散(1986年)で圧勝した成功体験にある。大平の後ろには闇将軍・田中角栄が控え、中曽根は竹下登を宰相にしたいと願っていた金丸信(当時・自民党幹事長)を舞台回しに使った。山梨の侠客・黒駒勝蔵に擬えられた金丸信はポーカーフェイスで盟友・田辺誠(当時・社会党委員長)をも騙している。
憲法改正を発議するには、参院選で「憲法改正勢力」の改選88議席のうち87議席を獲得しなければならないし、現有327議席の衆院を「17議席減」に食い止めなければならない。厳しいと読むか、いけそうと判断するか。不安は①初めて小選挙区制で行う②過去2回とも衆院選に勝つために行ったが、今度は参院選に勝つために行う③過去2回とも党内抗争が選挙戦に持ち込まれ得票を増やした。今回は「安倍一強」である④足並みが揃わない野党もなりふり構わず一本化するだろう⑤憲法改正に慎重な公明党がどう動くか――等々である。
いま宰相・安倍晋三は、大叔父・佐藤栄作が「解散風」を吹かしては止め、止めては吹かして敵味方を翻弄したように、最高権力者だけに許された醍醐味を味わっている。小選挙区で目いっぱい議席を取っている自民党には選挙区調整がほとんど必要ない。Xデーぎりぎりまで宰相のほくそ笑みは続く。
(文中敬称略)
(政治評論家・髙橋利行)






