中国の宇宙開発に求められること
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
人類共通の利益追求期待
歴史的怨念を超え国際協力を
昨年12月18日付の中国「人民日報」は無人探査衛星「嫦娥(じょうが)5号」が、月のサンプル採取後に無事地球に回収されたニュースを偉業としてトップで大々的に報じた。これは米・旧ソ連に次ぐ44年ぶりの宇宙開発成果であり、わが国の「はやぶさ2号」の快挙と共に慶賀に値しよう。
しかし中国は国力の伸張に伴い、これまで各方面に支配領域の拡大に努めており、嫦娥5号もその一環になるのではないかとの疑念が湧く。これまで海洋では南シナ海や尖閣海域で、海洋秩序に反した強権的行動による海洋進出が反復されてきたのは周知の通りである。
このような事態を踏まえて中国の宇宙開発の特性と実態について纏(まと)めておきたい。
軍主体、軍事目的に直結
まず今回成功した嫦娥5号の実績を見ておこう。中国宇宙開発局が月探査の嫦娥計画に基づき11月14日に打ち上げた嫦娥5号は、月周回軌道で機器同士のドッキングの反復など難易度の高い行程をこなして、米ソとは違う月面「嵐の大洋」と呼ばれる火山地帯に着陸、ドリルで地中サンプルを約2キロ採取して23日ぶりの12月17日に内モンゴル自治区に帰還したものである。
そもそも中国の宇宙開発は、毛沢東時代に「両弾一星(原・水爆と衛星)開発」として解放軍を主体に軍事力強化の狙いとして着手されてきた。そして「両弾」の方は原爆実験成功が1964年に米ソ英仏に次ぐ5番目の核保有国となり、水爆は67年に実験成功し、その後も96年に包括的核実験禁止条約に署名するまで核実験は続けられた。「一星」の方は70年に初衛星・「東方紅」の打ち上げに成功し、日本に次ぐ衛星打ち上げ国となったが、いずれも解放軍の手による成功であった。その後、核戦力強化の一環として大陸間弾道弾(ICBM)を目指す大型ロケットの開発が進められ、その関連で宇宙開発も進展してきた。
その宇宙開発の中で月探査は嫦娥計画で進められ、2019年には月裏面へ世界初の着地にも成功していた。さらに中国は火星探査に昨年7月に「天問1号」を打ち上げており、その他にも木星や小惑星探査なども計画している。
さらに宇宙ステーションも22年を目途(めど)に独自の構築を進めていることが注目される。現在、米露はじめカナダ、日本などが参加する共同宇宙ステーション・プロジェクトが唯一稼働中であるが、それも24年には運用停止の予定とされている。中国はこれへの参加要請を断って参加しておらず、自前のステーション保有に拘(こだわ)ってきた。やがて中国宇宙ステーションの時代を迎える趨勢(すうせい)にある。
また中国は地上測位の「北斗」衛星を55基打ち上げ、中国独自の北斗衛星測位システムを開発し、米国の全地球測位システム(GPS)、ロシアのグロナス、欧州のガリレオと共に世界の四大衛星測位システムとして商用活動を開始し、主として途上国に顧客を増やしている。
見てきたように中国の宇宙開発は後発ながら、国力・国運を懸け、また強力な軍が中心的な推進勢力のせいか、その進展は早く、刮目(かつもく)すべきものがある。しかし、中国の宇宙開発の特色は、第一に開発主体が軍部であり、軍事目的に直結していること。第二に中国の宇宙開発は「自力更生」と単独で進められ、ナショナリズムに直結して国際協力の側面が少ないことが挙げられよう。その背景には習近平国家主席が掲げる「中国の夢(偉大な中華の復興)」がある。そこには21世紀中葉までに世界最前列に立つという国益を懸けた狙いがあり、さらに歴史的リベンジを懸けた怨念さえも感じられる。中国は近代を迎えるに当たり、アヘン戦争敗北で半植民地化という屈辱の近代史100年に耐えてきた分だけ、建国100年を期した偉大な中華の復興が悲願とされている。
米中争覇が月に拡大も
これに対して米国は有人月探査計画「アルテミス計画」に着手しており、米中争覇は月探査の場にも拡大・激化が予想される。それぞれ国には事情があろうが、地球温暖化など人類が力を合わせて取り組むべき課題に直面する今日、中国の宇宙開発も国境や歴史的怨念を超え、人類共通の目標に向ける努力が望まれる。現に習主席は途上国支援などでは「人類運命共同体」の考えを示しており、宇宙開発も国際協力の場として進めてほしいものである。
(かやはら・いくお)