『孫子』で読む中国の対米謀略戦

哲学者 小林 道憲

敵国情報収集を最重要視
虚偽情報流し内部分裂を図る

小林 道憲

哲学者 小林 道憲

 『孫子』というよく知られた兵法書は、今から2500年ほど前、中国春秋時代末期の将軍、孫武によってまとめられたものだといわれる。孫子は言う。戦争は国家の大事であり、国民の生死、国家存亡の分かれ道であるから、よくよく熟慮しなければならない。したがって、無駄な戦いを続けて費用をかけてはならない。

戦わずして勝つ「謀攻」

 むしろ、敵国を攻めるなら、策略を巡らし、敵国の同盟関係を分断し、謀(はかりごと) によって攻めなければならない。敵の軍隊や城を直接攻めたりする策は下の下である。武力を使わずに、謀略によって敵国内の離間を図り、その内部体制を崩壊させ、敵国を傷つけずにそのまま降伏させるのがよい。損害なくして完全な利益を得るのが最良の策である。敵国を武力で奪わなくても、自国の威勢が他国に浸透していれば、おのずと自国の有利は高まる。戦わずに勝つ。これが〈謀攻〉、謀で攻めるということの原則だというのである。

 なかでも、孫子が口を酸っぱくして言っていることは、戦う前に敵の状況を事前に察知しておくこと、つまり極力情報収集に努めねばならないということである。その場合、必ず人を用いて敵の情勢を探らねばならない。そのための費用は惜しんではならない。情報員の働きは偉大であり、そこには有能な人材を登用し、その働きによって敵情を知っておかねばならない。戦わずして勝つためには、情報要員を大いに使うのが最良の手段だというのである。

 敵国に潜入して帰国し、敵情を報告する諜報(ちょうほう)員はもちろん、敵国にいる民衆などからも情報を得る。また、敵国の官吏で内通してくれる協力者を育てておく。さらに、自国内に侵入している敵国の諜報関係者を手懐(なず)け、逆に、自国の諜報員として敵国に送り込む。そして、これを工作員に仕立て、虚偽の情報を与え、敵国を混乱させ、内部分裂を起こさせる。孫子は、そのような諜報員の役割を強調している。むろん、これには、多額の工作資金をばら撒(ま)くことも含んでいたであろう。

 今日の中国も、この孫子の兵法に則(のっと)って国際政治を操っている。実際、中国は、今回のアメリカ大統領選挙に介入、偽投票用紙を地下工場で大量に印刷し、アメリカ国内に搬入。これが今回の大統領選の不正投票に使われたという。また、大統領選の集計システムにもアクセスし、不正操作をしたとも言われる。これはサイバーテロである。さらに、この集計機の会社の親会社にも中国共産党とつながる証券会社が多額の投資をしていたという。中国の浸透工作は、多くの諜報要員を使い、民主党や共和党の政治家をはじめ、政府機関にも深く及んでいたようである。もちろん、これが成功するためには、国内の協力者、ディープステートといわれる勢力も暗躍していなければならない。

 これまでも、中国は、アメリカの大学や研究機関へ多額の寄付をしたり、記事掲載費という形でアメリカのマスコミへも大量の金をばら撒いたりしてきた。これらは、ここ三、四十年、長年にわたって行われてきた作戦でもある。孫子の兵法で言えば、戦わずして敵国を手に入れる戦略であったと言える。孫子は、人を致し、人に致されるなと言っているが、中国は、武器を用いずにアメリカをコントロールしようとしてきたのである。

二大政党制の弱点突く

 この中国の謀略戦、間接侵略も入れれば、すでに米中戦争は始まっているのだと言わねばならない。現に、中国は、今回の大統領選を通して、アメリカ国内の分断に成功している。アメリカは、現在、心理的、政治的、社会的に、内戦状態のようになっている。その意味では、中国は、うまくアメリカの二大政党制の弱点を突いていたともいえる。そこを選挙介入によって刺激しさえすれば、大国たりともひとりでに内部分裂していく。孫子も、敵の手薄なところ、虚を突けと言っていた。

 伝統的に血となり肉となっている孫子の兵法と、現代のサイバー戦争など高度技術と、一党独裁の新型共産主義がドッキングしているのだから、中国は、極端に手強い相手なのだということを認識しておかねばならない。

(こばやし・みちのり)