注視すべき中国の海警法制定
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
公船と軍艦の役割兼ねる
軍事作戦の任務執行が可能に
11月に王毅中国外相が来日し、経済面では日中ビジネス交流の活発化などが協議された。これを機に茂木敏充外相のみならず菅義偉総理も王毅外相に対して、本年になって尖閣海域での中国公船の長期出動や領海・接続水域内侵入が続く等の異常な事態に対して自制を求めた。王毅外相は共同記者会見で、尖閣海域での日本漁船は取り締まらざるを得ないと従来の中国領有権の主張を反復していた。ビジネス交流再開など戦術的には妥協しながらも、領有権の絡む戦略的な問題には断固と自己主張に固執する中国側の姿勢を見せ付けた事例である。
コロナ禍の厳しい最中にもかかわらず、積極的に来日を申し入れてきた中国の狙いは何であったのか? そこには近年、日米豪印4国が連携を強め「自由で開かれたインド太平洋構想(戦略)」による対中包囲網構築への対抗として日本に擦(す)り寄る狙いが透けて見える。
軍指揮下の武警隷下に
実際、中国の国際秩序を無視した近年の海洋進出は米中角逐や関係国間で物議を醸している。中国の南シナ海での行動は、先のハーグ国際裁判所の判定を無視した行動を反復しており、中国の法治概念にまで疑念が抱かれている。折から中国の海洋での法執行機関「海警」に関する立法化が明るみに出た。これまで海警(公船)の活動根拠となり、行動を規制する法律がないまま尖閣領海内で日本の漁船を追跡するなどの暴挙を繰り返してきたことに驚愕(きょうがく)する。
そもそも海警とは、国務院内の国家海洋局に属した海洋における法執行機関で2013年に発足した。一時期は密輸取り締まりなど関税部門の海関、海難救助を担う海巡、漁業指導の魚政など5部門を併せ「五龍」として海洋での法執行を担ってきたが、海警はその中心的役割を果たしてきた。その後、海警は人民武装警察部隊(武警)の隷下に組み込まれ、その武警は解放軍の統帥機関である中央軍事委員会の指揮下に入り、武警については今年6月に武警法が改定された。
武警が国務院の指揮から軍の指揮下に編入されたことから、体制的には海警も軍の指揮下に置かれてきた。従ってこのままでは海警は警察権に基づく公船か、軍艦か、曖昧であった。海警法の制定は平時には海警は法執行を司(つかさど)る警察権の機関であることを国際的に言い訳する対外的なソフト戦略の一環ともみられる。
現に立法化の過程にある「海警法」は9月の全人代常務委員会で立法化が決まり、11月から各界の意見聴取が始まった段階であるが、その規定内容が気に掛かる。
その法案のポイントは報道(読売新聞11月6日付)によると、①公船の武器使用は主権侵害や攻撃を受けた場合に可能②軍事的任務も執行可能に③人工島も保護対象に④領海や排他的経済水域(EEZ)、大陸棚で法執行し、その上空も適応対象に⑤管轄する海域や島で外国が造った建築物の強制撤去も可能―等に要約できる。
そこで海警が軍事作戦の任務執行に移行する条件は何か、どのような行動を取るのか、EEZの境界は中間線か、大陸棚かの解決がついていない段階で法執行の範囲に問題は生じないか、またその上空も適用対象化しようとしているが無人機実用化時代に一方的に空域まで規制できるのか、等の疑念が浮上する。
さらに管轄海域内での構築物撤去に対し尖閣諸島では漁民に扮(ふん)した民兵の活動も考えられ、わが国としては対応を法執行機関である海上保安庁巡視船にいつまで対応を託せられるのか、これまでの中国の自己都合中心の拡大解釈の歴史体験を踏まえて十分な備えが必要になる。
中国で進む習1強体制の強化とその長期化が進む新時代に海洋シルクロード戦略など海洋進出の拡大は進むと見るべきである。特に尖閣海域は地政学的に第1列島線の重要な要衝になり、わが国の重要な防衛正面として南西諸島では与那国・石垣・宮古島に自衛隊の対艦ミサイルなどの部隊配備が進められている。
重要性を増す海洋安保
さらに中国と競合的共存が不可避なわが国は「自由で開かれたインド太平洋戦略」を主軸に同盟国や準同盟国と一体となって海洋の安全を追求する重要性が増してくる。その観点からも中国海軍の西太平洋進出に海警がどのように関わってくるのか、海警の活動状況を規定する海警法の制定動向をしっかり注視し、対応を準備していく必要がある。
(かやはら・いくお)






