恫喝も虚勢も張れない金正恩氏

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

対米外交戦略が破綻か
バイデン氏なら相手悪過ぎ

宮塚 利雄

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

 12月に入ると北朝鮮の冬の寒さは厳しさを増す。例年ならば(といっても20年以上も前のことだが)各地の協同農場での豊作を祝う決算分配のお祭りも終わり、各家庭では越冬用のキムチを漬けるキムジャンも終えて、冬ごもりに入っていくが、今年はそうでもないようだ。いわゆる、国際社会からの経済制裁、中国・武漢発の新型コロナウイルスの防疫措置、収穫期間近の穀倉地帯を襲った台風による甚大な被害の「三重苦」に加えて、アメリカ大統領選でバイデン氏当選がほぼ確実になったことにより、これまでの対米外交戦略が破綻する危機を迎えることになった。

トランプ氏再選を願望

 そればかりか、金正恩朝鮮労働党委員長は10月10日に行われた党創建75周年の軍事パレードで、「(国民の苦労に)ただの一度も満足に応えることができず申し訳ない」と、国民に涙ながらに謝罪の言葉を口にした。だが、その前の10月5日に開かれた朝鮮労働党政治局会議で、来年1月初めに約5年ぶりに開かれる党大会に向けて、今年末まで国民を総動員して経済建設などに当たる「80日戦闘」を実施することを決定していた。

 「年内に到達すべき闘争目標が手に余るほど残っている」というのが実施の理由だ。しかし、何のことはない自らが立案した「今年までの経済発展5カ年戦略を掲げてきたが、8月には目標を達成できない現状を認め、来年1月の党大会で仕切り直す方針を打ち出していた」のである。そこで「年末までが5カ年戦略遂行の最終ラインであり、全国家的に今一度総突撃戦を展開しなければならない」として、国民を寒空の下での労働に駆り出しているのである。

 金正恩政権はトランプ米大統領の再選を期待し、今年7月以降、100日以上もの間トランプ政権に言及せず沈黙を守ってきた。そればかりか、10月3日には金正恩委員長がトランプ大統領宛てに「私はあなたと令夫人がコロナウイルスの検査で陽性判定を受けたという意外な報に接しました。私はあなたとあなたの家族に見舞いの意を表します。私はあなたと令夫人が一日も早く全快することを心から願います。あなたは必ず耐え抜くでしょう。あなたと令夫人に温かいあいさつを送ります」(10月3日発朝鮮中央通信)との電報を送ったのみであった。

 もっとも、トランプ大統領の再選を願い、さらにはトランプ大統領との再会談を望む金正恩委員長は7月に、妹の金与正党第1副部長名の談話を通じてトランプ大統領に「大統領選での成果を祈る」と伝えていた。

 しかし、バイデン氏の大統領就任が濃厚になり、形勢は逆転した。金正恩委員長にとってバイデン氏は相手が悪過ぎた。バイデン氏が昨年、トランプ大統領と金正恩委員長の会談を批判した時、北朝鮮はバイデン氏を「政権欲に狂った老いぼれ」とメディアで激しく非難した。そればかりかバイデン氏は、今年10月の討論会でトランプ大統領に「あなたは悪党を親友だと言った」として、金正恩委員長を“悪党”呼ばわりしたのである。かつて、ブッシュ政権が北朝鮮を“ならず者国家”と評したことがあるが、金正恩委員長にとって“悪党”は“ならず者国家”よりも衝撃は大きいだろう。

 事ここに至っても金正恩政権は国民にいまだにバイデン氏の新大統領“当確”のことを伝えていない。頼みとする韓国の文在寅大統領は「米朝仲介」役から「日朝仲介」役へと舵(かじ)を切り替えつつあると言われており、当てにはならない。

ハードル高い米朝会談

 バイデン氏はトランプ大統領との討論会で、「政権を取った場合に米朝首脳会談を行う意思があるか」を問われた時に、「金正恩氏が核兵器削減に同意し、核兵器のない国になると同意するならば」と条件付きで可能だとの考えを示した。だが、「核至上主義」の金正恩委員長がこのような提案を受け入れることはまずない。

 北朝鮮はこれまで、米政権の移行期に核実験やミサイル発射を繰り返してきたが、もはやこの伝家の宝刀も通用しない。「偉大な指導者」と国民に言わせている金正恩委員長の対応が注目される。

(みやつか・としお)