「韜光養晦」実現に拍車かける中国

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田 容子

サイバー攻撃集団を強化
外国軍の高品質データ入手へ

新田 容子

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー
新田 容子

 2020年は米中の覇権争いに明け暮れた一年とも言えるが、1990年代に鄧小平が中国の外交・安保方針として唱えた「韜光養晦(とうこうようかい)」(才能を隠して、内に力を蓄える)を押し進めた一年であった。

 全体主義、中央集権的経済を奨励する中国と民主主義、自由市場を展開する米国は、年の瀬も迫った今、皮肉にも表向きは中国の経済の近代化への実現に軍配が上がっている。

着々と経済近代化推進

 今後の中国の戦略を考察するには歴史的背景を理解することが不可欠だ。中国側の動機の主軸は歴史上、西欧列強に植民地支配された屈辱を晴らし、世界の大国として君臨することだ。

 2013年に国家主導者として就任した習近平国家主席は2049年までに超大国の地位を築き上げるべく、地域覇権に着手すべくカザフスタン、インドネシアを訪問し、新シルクロード経済ベルトおよび海洋覇権を見据えた21世紀海上シルクロードを唱えた。これは「一帯一路」確立に向けての礎で、グローバル貿易の条件要素となっている。その後、インフラ整備を資金融通する策としてアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を主導した。世界の工場として安い賃金と大量の労働力でローテク製品を輩出していた過去と決別し、高付加価値なハイテク製品、サービスを海外市場に輸出している。

 「中国製造2025」の基軸である技術を海外に依存せず、中国内で完結させ、一帯一路を中心にメイド・イン・チャイナをブランド化して輸出するのが、経済の近代化を目的とするリバース構想だ。12月1日から施行させた輸出管理法もその一環で、中国が生産シェアを握るレアアースの調達に日本企業は不安を募らせる。

 超大国としてグローバル市場を独占すべく、新エネルギー車(プラグインハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車)、ハイテク船体装備品、産業用ロボット、携帯電話のICチップはそれぞれ市場をリードするまでに成長させ、新再生エネルギー設備、高性能医療機器などに力を注ぐ。

 また、地域覇権の一環として主要な海上輸送交通路となる南シナ海、天然資源を狙っての東シナ海の領有権を主張し、南シナ海においては軍事拠点化、要塞(ようさい)化がステータスクオ(現状)だ。

 「一帯一路」と連立したデジタル・シルクロード構想も着々と進め、第5世代(5G)ネットワークなどの次世代携帯電話網、光ファイバーケーブル、海底ケーブル、データセンターなど、海外のデジタルインフラに投資している。

 衛星航法システム、人工知能(AI)、それを可能にするクラウド・コンピューティング、ビッグデータ分析、量子情報、無人システムなどの先端技術を軍事用途への活用とし、従来の「情報化」戦から「知能化」戦にシフトするツールにしている。

 これらの技術は経済的・軍事的優位性を確保する「軍事革命」を意味し、重要な立役者として、人民解放軍(PLA)に属すサイバーエスピオナージ(情報通信技術を用いた諜報(ちょうほう)活動)攻撃集団のAPT(高度で継続的な脅威)の存在が欠かせない。習主席はPLAに対し、全てのネットワークを支配し、情報網を張り巡らし安全保障と発展の利益を拡大する高度な情報化された軍隊の創設を命じている。つまり、中国にとって韜光養晦の実現には海外への軍事システムや重要インフラシステムに対する諜報活動、サイバー攻撃が絶対条件だ。

 PLAがビッグデータのような新技術を活用できるか否かは、外国軍に関する高品質なデータを大量に入手できるか否かに懸かっており、熟達した人材を採用し、訓練し、維持することが課題になる。

 中国の目指す近代化は、1989年の学生の民主化運動を中国共産党主導部が武力弾圧した天安門事件が念頭にあり、最も恐れる内からの党への反発を二度と起こさないための必須の要素だ。APTサイバー攻撃集団を進化させる根本的な思惑がそこにある。

海外のゲーマーも標的

 さらに今年特筆すべきは、新型コロナで巣ごもり化が追い風となった好調なゲーム市場だが、中国は既に海外の何百万人ものゲーマーのコンピューターにアクセスし、諜報活動を行う絶好の機会を謳歌(おうか)している。ゲーム商品のセキュリティー上の脆弱(ぜいじゃく)性を物語っている。

(にった・ようこ)