中国の弾道ミサイル発射の危険性
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
提起された核管理問題
軍縮努力と協議参加迫る必要
米艦艇の牽制狙う暴挙
今次、南シナ海に向けた2方向からの挟撃的なミサイル発射の実態は、まず浙江省からのミサイルは東風(DF)21Dと見られ、射程1500キロで2015年9月の軍事パレードで初公開され、弾頭部分が大気圏に再突入後、標的に合わせて機動する「空母キラー」の異名を持つ中距離弾道弾である。
次に青海省からのミサイルはDF26で射程4000キロ、全長14メートルで18年4月に中国国防部が配備を発表したもので、陸上目標のみならず海上の艦船も精密打撃ができる「グアムキラー」とも呼ばれている。保有数は『防衛白書』によると前者が122基、後者が20基とされており、その狙いは挟撃的な射撃から飽和攻撃による米艦艇の中国近海での行動牽制(けんせい)と見られる。
折から米国は2年に1度の米海軍主催の多国間海上訓練「環太平洋合同演習」(リムパック)を実施中(8月17~31日)で、今回は中国海軍を招かなかった。そこで中国はそれに反発するかのように8月下旬に渤海、黄海、南シナ海に広大な進入禁止海域を設定して実弾射撃を伴う大規模演習を実施していた。
「中国の核戦力」について9月1日に発表された米国防総省の年次報告書は、「弾頭は現在の200発から10年で倍増し、運搬手段も航空機から撃ち出す空中発射弾道ミサイル(ALBM)や潜水艦搭載のSLBM/巨竜3号などを開発中」と警戒感を強め、中国担当のスブラジア米国防次官補代理は「ミサイルの全面的な近代化と多様化」での増強に懸念し、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけでなく艦艇や地上発射巡航ミサイルの増強と統合防空システムの強化」など米核ミサイル戦力を凌駕(りょうが)しかねない危機感を指摘していた。
米国の核戦力強化に関しては、現に21会計年度の国防予算を増額する国防権限法案を上院で圧倒的賛成で可決し、さらに中国が台湾を抑え込み、既成事実とするのを拒絶する能力を備えるよう米軍に求めるほかに、リムパックへの台湾招待までが盛り込まれ、米中角逐は議会にまでエスカレートの様相を見せていた。
見てきたようにミサイル発射にまで中国が手を出した外的要因には、まずポンペオ米国務長官の16年のハーグ裁定を踏まえた南シナ海での中国の管轄権の完全否定や、台湾への米国の肩入れがある。またチェコ上院議長の訪台や演説、これに対する中国の報復への仏独など欧州勢の反発。インド太平洋戦略による印・豪・米などの連携強化と豪中間の対立激化、など国際的な「四面楚歌(そか)」状態への中国の反発などが考えられる。
同時に中国内でも、習近平国家主席の求心力低下や権威の揺らぎも噂(うわさ)されており、これまでの形振り構わぬ習主席の強い指導者像を国内に見せつける必要性に迫られた結果とも解せられるが、内外いずれにせよ、大きなリスクに繋(つな)がる暴挙であったことは否めない。
関係国は連携し監視を
今日の世界の核戦力管理の実情は、中距離ミサイルを禁じた米露間の中距離核戦力(INF)条約が失効し、冷戦後に米露の2核大国の軍縮を促してきた新戦略核削減条約(START)の期限を来年2月に控えた危機的状況下にある(本欄既報7月21日付)。トランプ米大統領は、いずれの条約にも中国を引き込む必要性を強調しており、そのまっただ中で中国は自ら核管理問題に火をつけたわけで、これを契機に核大国の核軍縮と核管理条約締結の重要性に覚醒すべきである。
中国はこれまで自国の保有する核戦力が米露より劣勢にあることを理由に核軍縮協議への参加を拒んできたが、今やそれは許されない。世界的課題として、米中軍事対決の暴走を抑制しつつも、中国には核軍縮努力を促し、核管理協議への参加を迫っていく必要性は高く、関係国は連携して監視する契機としたいものである。
(かやはら・いくお)