進む中国の「洗脳」工作


「台湾有事」のシナリオ―日米台識者に聞く(10)

台湾国防安全研究院准研究員 林彦宏氏(上)

 林彦宏 1977年、台湾生まれ。淡江大学で修士号、早稲田大学を経て岡山大学で博士号を取得。岡山大学講師、中正大学戦略及国際事務研究所助教授などを歴任。現在、台湾国防部(国防省)傘下のシンクタンク、国防安全研究院で准研究員を務める。

中国による台湾侵攻の可能性をどう見る。

 中国人民解放軍には約200万人の兵力があり、中部、東部、西部、南部、北部の五つの戦区に分かれている。各戦区に約40万人いるといっても、台湾海峡を渡って侵攻するには、おそらく100万人の兵力が必要になる。

 このため、中国にとって、台湾侵攻は軍事的問題だけでなく、政治的判断が大きい。習近平国家主席は政権を失ってもいいというくらいの覚悟がないと実行できない。習氏にその覚悟が本当にあるかどうかは分からないが、シナリオとしては考えておかなければならない。

 一つの軍隊が戦争を行うには2~3カ月くらいの準備が必要になる。米国は衛星など先端技術を使いながら、中国人民解放軍の動きを常に監視している。従って、中国が台湾にいつ攻め込んでくるかは、米国から台湾や日本に情報が来るだろう。

 米国にとって、台湾を含む第1列島線はレッドライン(譲れない一線)だ。台湾を中国に取られたら、米国の軍事力は20~30年後退する可能性が高い。

着上陸侵攻以外に考えられるシナリオは。

 人民解放軍は小型ドローン(無人機・UAV)を活用する可能性が高い。低空飛行するドローンはレーダーで探知されにくく、探知されても判別が難しい。中国は戦力を温存するために、戦争開始前にコストの安いドローンを大量に投入して、台湾にスウォーム(大群)攻撃を加える。その上で、ミサイルで台湾を全面攻撃してくる。

 ただ、中国がすぐに全面的な軍事行動に踏み切ると想定することに大きな疑問がある。台湾に対しては軍事的威圧だけでは不十分であり、兵器というハード面だけでなく、サイバー攻撃やメディア工作、フェイクニュースの流布といったソフト面を交えた「ハイブリッド戦争」を仕掛けている。

 中国共産党中央統一戦線工作部は、自分たちの思想を台湾に植え付ける統一工作を着々と進めている。北京や上海がいかに国際都市として発展しているかをアピールするなど、自分たちの良い部分を宣伝して台湾社会を混乱させている。

 台湾と中国は言語が同じであるため、台湾人の考え方に影響を及ぼしやすい。米国や日本は中国と文化や言語が異なるため、中国がどんなに説得を試みても変わらない独自のアイデンティティーを持っている。だが、台湾にはそれがない。中国の工作活動に徐々に洗脳されているのが、今の台湾の現状だ。

中国は具体的にどのような工作活動を行っているのか。

 両岸(中台)関係が開放されてから30年くらいが経過した現在、台湾に嫁いできた中国人女性は30万人以上に上る。彼女たちは社会に馴染(なじ)んでいるため、見た目では違いが分からない。だが、台湾の社会秩序を混乱させようとする中国共産党の工作員が紛れ込んでいる可能性が高い。

 また、台湾で最も信仰されている宗教は道教だが、道教は実在した人物を神として祀(まつ)っている。例えば、台湾各地に廟(びょう)がある海の女神「媽祖」は、中国・アモイ出身と言われている。アモイを訪れたくてもお金がないという台湾の信者に中国が資金を提供するなど、宗教・文化交流の形でも浸透を図っている。

 つい最近も、蔡英文総統の側近がさまざまなスパイ活動に関わっていることが発覚した。中国はあらゆる分野から工作活動を行っている。一番ひどいのがメディアだ。中国寄りのメディアは、民進党のやっていることにすべて反対している。多くの人はこうした報道やフェイクニュースを鵜呑(うの)みにしてしまう。

(聞き手=編集委員・早川俊行)


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