世論の分断を煽る「認知戦」


「台湾有事」のシナリオ―日米台識者に聞く(6)

新台湾国策シンクタンク主任研究員 李明峻氏(下)

中国が台湾社会を分断するために仕掛けている情報戦、影響工作の深刻度は。

新台湾国策シンクタンク主任研究員 李明峻氏

 日本の世論調査では「中国が嫌い」と答える人が8~9割に上る。韓国でも7割くらいいる。ところが、台湾ではその割合は6割台程度にとどまる。台湾人は中国の脅威下で生活しているのに、周辺国より中国を嫌う割合が低いのはなぜなのか。それは、中国が台湾に日々仕掛けている「認知戦」の影響だ。

 中国は台湾人に「中国は10~30年後に米国を超えて世界一の大国になる」「米国は徐々に駄目になる」といった認識を植え付けている。その結果、世界の超大国になる中国の敵にはなりたくない、という認識が台湾人の間で生まれている。

台湾メディアの中国報道はどうか。

 国民党寄りのメディアは、中国の人権問題など悪い面は一切報道しない。テレビをつけると、中国の科学技術がいかに進歩しているかとか、巨大経済圏構想「一帯一路」によって欧州までが中国の勢力圏になったとか、そんなニュースが毎日のように流れている。

 民進党寄りのメディアも、中国の悪口はあまり言わない。ドラマを制作する台湾のテレビ局にとって、一番大きな市場は中国だからだ。だから、民進党寄りのメディアは国民党批判はするが、中国批判は少ない。習近平国家主席批判に至ってはほとんどない。

中国による大規模な軍事侵攻よりも認知戦や斬首作戦の方が脅威ということか。

 そうだ。中国は米国や日本など世界各国を無視して台湾に武力侵攻するほどばかではない。斬首作戦を睨(にら)みつつ、親中政権が誕生する日を待っている。

 独立志向の与党・民進党と親中国の最大野党・国民党の基盤は、実は大きな差はない。昨年12月の住民投票では、国民党が賛成した4件はいずれも反対多数で否決されたが、その差は30万~50万票だった。投票率41%のうち、民進党陣営は22%、国民党陣営は19%で、3%程度しか差がない。

 今年の地方選挙は、目下の分析によると、民進党がかなり不利だ。2024年の総統選挙も国民党が勝たないとも限らない。

今後の台湾政治をどう見る。

台湾

 中国国民党は終戦後に中国大陸から渡ってきた外省人が中心だが、李登輝総統による台湾民主化のプロセスで、台湾人は徐々に国民党の指導層に上がった。だが、馬英九政権を経てから、外省人が今でも国民党に対して力を保持している。

 しかし、外省人も高齢化が進んでいる。24年総統選挙では外省人がまだ国民党への強い影響力を保つだろうが、28年総統選挙の時には本省人(台湾出身者)が中心になる。つまり、「中国国民党」は「台湾国民党」に変わっていく。

 国民党で人気が高い侯友宜・新北市長は、南部・嘉義の出身で、完全な台湾人だ。現在の国民党指導層は侯氏のことが好きではないため抑え込んでいる。だが、28年総統選挙では国民党のリーダーになれる人物だ。そうなると、外省人は国民党をコントロールする力を失っていく。

 従って、24年総統選挙は外省人にとって「最終決戦」となる。28年以降にたとえ国民党政権ができても、その本質は「台湾国民党」であって、台湾人として自分たちの故郷、国を守る意識を持ち、安易に中国に降伏することはしないだろう。だから、現在は中国寄りの国民党も、徐々に民進党のように台湾の利益を優先する政党になるのではないか。

 つまり、24年総統選挙が一番危ない。台湾はまだ民主化の途上だが、これを乗り切れば、本当の民主化を徐々に実現できるのではないかとみている。

(聞き手=編集委員・早川俊行)


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