ロシアを手本に無血占領狙う


「台湾有事」のシナリオ―日米台識者に聞く(7)

元空将・東洋学園大学客員教授 織田邦男氏(上)

台湾有事の脅威はどれくらい高まっているのか。

元空将・東洋学園大学客員教授 織田邦男氏

おりた・くにお 1952年、愛媛県生まれ。74年、防衛大卒業後、航空自衛隊に入隊。F4戦闘機パイロット、第301飛行隊隊長、第6航空団司令などを経て、2005年、空将。06年、イラク派遣航空部隊指揮官。09年、退官。15年から東洋学園大学客員教授。

 中国の習近平国家主席が中華民族の偉大な復興の夢を完結させるには、いずれ台湾を併合せざるを得ない。台湾侵攻があるかないかではなく、いつあるか、どのようにあるかだ。

 中国はいかに米国と戦わず台湾を取るかを考えている。戦うにしてもできるだけ米国の参戦を遅らせたい。中国にとって一番の模範が、「ハイブリッド戦争」と呼ばれる2014年のロシアによるクリミア併合だ。

 人口約250万人のクリミア半島がたった3週間で事実上、無血占領された。ある日突然インターネットやテレビ、ラジオが使えなくなる。議会や通信網がロシアの特殊部隊によって占拠されると、親露派住民が出てきて、自治政府の解散とロシアへの併合を求める住民運動を始めた。住民が自警団を組織してウクライナ本土との交通を遮断し、クリミアは孤立した島になった。3週間後には住民投票を強行し、9割が独立と併合に賛成した。

 これは親露派勢力を放置したのと、通信を遮断したことで住民が不安に陥れられ、戦うより併合された方がいいとなったからだ。台湾の場合、インターネットの海底ケーブルが切断され、衛星が妨害されると本当に離島になってしまう。そうなると台湾人の抵抗意思がどこまで持つか。台湾住民の選択として中国への帰属を決めたと言われたら日米は手出しできない。習氏は確実にこれを選択肢の一つとして考えているだろう。

 馬英九政権時代に自衛隊OBとして台湾を訪れた際、台湾軍の高官は、中国と戦っても勝てない、武力侵攻があったら早く手を挙げた方がいいと明確に言っていた。あれ以来、チベット、ウイグルでの人権弾圧、香港での民主主義崩壊を目の当たりにし、英邁(えいまい)な蔡英文総統に率いられた台湾は大きく変わったと思う。だが、台湾の住民の中に敗北主義が起こることは絶対に避けないといけない。日米が必ず支援すると安心させる必要がある。

 そのためには、台湾有事を想定した作戦計画を立て、演習をしておく必要がある。台湾軍と共同作戦はできないが、米国や他の国々と共同訓練し、それを見せることが大切だ。日米が台湾を救う意思を見せるだけで、この「ハイブリッド戦争」の抑止力となる。

クリミアの親露派住民のように、台湾でも親中派住民の動きはあるか。

 台湾軍はもともと、国民党の軍隊だ。私が訪台した馬英九政権時代はその名残があって、内々には人民解放軍と通じている状況だった。今は世代交代しているが、台湾軍にどこまで戦う意思があるかは分からない。もし国民党政権になったら、相当数が戦うよりも降伏した方がいいと考えるかもしれない。

台湾有事が起こる可能性の高い時期は。

 まず、北京五輪が終わってから今年秋に行われる党大会までの間だ。23年には習氏の2期10年の国家主席の任期が切れるが、その人事は今年秋の党大会で決まる。習氏は終身国家主席を目指し、憲法改正や歴史決議などあらゆる手を打ってきた。あとは誰もが3期目以降もやるべきと納得するレガシーが必要で、それが北京五輪の成功と台湾併合だ。

 クリミア併合が始まったのは、ソチ五輪閉会式の4日後だった。北京五輪の閉会式は2月20日だから、2月24日以降に台湾有事が起きる可能性があるとみておかねばならない。

 台湾併合ができないまま3期目が始まったら、次は6年後、つまり27年までが要注意となる。今の軍拡ペースでいけば台湾攻略の軍備は整う。また27年は人民解放軍創設100周年で、28年には3期目の任期が切れる。そこでまたレガシーが求められる。人民解放軍が習氏に対して軍備は準備完了なのになぜ決心できないのかと強硬に出ると、それに流される可能性もある。

(聞き手=政治部・亀井玲那)


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