「斬首作戦」で一気に制圧か


「台湾有事」のシナリオ―日米台識者に聞く(5)

新台湾国策シンクタンク主任研究員 李明峻氏(上)

 中国が台湾を軍事侵攻する可能性は、どの程度高まっているか。

 李明峻 1963年、台湾・台南生まれ。京都大学法学博士課程修了。岡山大学法学部助教授、台湾の国立政治大学国際関係研究センター助研究員を経て、現在は新台湾国策シンクタンク主任研究員、台湾北東アジア学会秘書長、中原大学財経法律学科助教授を務める。

 中国は今、国内の状況がかなり厳しい。独裁国家は国内情勢が厳しくなると、海外と戦争をして国内の注意をそらそうとする。

 習近平国家主席はすぐにでも台湾を併合したいと思っている。だが、実際に侵攻するかどうかは、現実的に成功する確率がどのくらいあるかだ。失敗すれば、逆に台湾を独立させる状況になってしまう。侵攻するなら、絶対に成功させないといけない。成功する確率が高くなければ、武力行使に踏み切る確率は低い。

中国の台湾侵攻にはどのようなシナリオが想定されるか。

 いくつか考えられる。第1は、中国福建省に最も近い金門島と馬祖島を占領して、台湾政府が降伏するシナリオだ。民進党政権なら降伏しないが、国民党政権であれば分からない。

 第2は、南シナ海にある台湾領の島々を占領することだ。これから武力行使に踏み切るというメッセージを台湾政府に送ることができる。それによって、台湾の降伏を期待している。

 第3は、台湾南西部の離島、澎湖島への侵攻だ。1683年に清国がそれで台湾を併合した例があった。

 第4は、台湾海峡から台湾西部海岸に上陸して侵攻することだ。台湾海峡側は太平洋側と比べて海が浅く、特に新竹、台中、台南一帯は砂の海岸で上陸しやすい。

 第5は、台湾海峡ではなく太平洋側から台湾東部を攻撃することだ。東部の花蓮や台東には台湾軍の基地がある。

 だが、一番可能性の高いのは第6のシナリオだ。

第6のシナリオとは。

 サイバー作戦で台湾を麻痺(まひ)させた後、台北に直接侵攻するシナリオだ。総統府、行政院を占拠して総統を拘束し、台湾政府全体を機能停止に追い込んで降伏させる。いわゆる「斬首作戦」である。

 台湾は日本と同じように、一般人は銃を所持していないため、軍以外に攻撃手段がない。政府の指揮権が奪われれば、戦闘力は失われる。その場合、民進党政権でも降伏するしかない。このシナリオでは米国や日本も何もできない。

 第1から第5のシナリオは台湾人の反発を招くだけでなく、国際社会からの関与も避けられない。また、台湾政府は総統府のある台北が占領されない限り、軍に抵抗を命じることができる。従って、第6のシナリオが一番可能性が高い。

具体的に台北をどのように占拠するのか。

 平時に観光客を装った兵士数千人を民間機で送り込み、サイバー攻撃で社会インフラを麻痺させた上で、台北を一気にコントロールしてしまうのだ。

 今は中台間の直行便が大幅に減っているが、将来的に国民党政権ができれば、中国との関係が良くなって、直行便が増えると予想される。従って、民進党政権よりも親中政権の時に中国が侵攻してくる可能性が高い。親中政権は中国と戦う意志があまりなく、すぐに降伏する可能性があるからだ。

 これに対し、着上陸侵攻では通常、守る側の3~5倍の兵力が必要になる。台湾の兵力は約20万人であるため、中国軍は着上陸侵攻に60~100万人の兵力が必要になる。しかも、このシナリオでは米軍の介入が予想される。

 従って、中国が真正面から台湾を攻撃してくる可能性は低いと思う。台湾侵攻を成功させようと思えば、斬首作戦しかないのではないか。

(聞き手=編集委員・早川俊行)


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