李登輝氏の主張は沖縄の地元紙に「不都合な真実」

《 沖 縄 時 評 》

李登輝氏の真意を伝えず、台湾の声を抹殺し抑止力を否定

◆中国紙を引用し批判

李登輝氏の主張は沖縄の地元紙に「不都合な真実」

揮毫碑を除幕する李登輝氏(右から2人目)ら=6月24日、沖縄県糸満市の沖縄県平和祈念公園(豊田剛撮影)

 『不都合な真実』とは地球温暖化をめぐるアル・ゴア元米副大統領のドキュメンタリー映画のタイトルとして知られるが、その意味は文字通り不都合つまり都合が悪い真実のことだ。

 真実なのになぜ都合が悪いのかと言うと、それを事実だと認めてしまうと変えなければならないことが出てきて、その変えることが特定の人にとって不都合となるからだ。それで不都合な真実を抹殺しようとする。沖縄の地元紙(沖縄タイムスと琉球新報)にとって台湾の李登輝元総統(95)の主張は不都合な真実だったようだ。

 李登輝氏は6月下旬、沖縄県を訪問し、24日には糸満市の平和祈念公園で行われた台湾出身戦没者の慰霊祭に参列したほか琉球華僑総会の晩餐(ばんさん)会などで講演した。李氏は講演のほとんどを中国批判に費やし、「中国は周辺国と絶えず緊張状態をつくりだし潜在的な軍事衝突の可能性を生み出している」と指摘し、中国の軍拡や強硬な海洋進出を厳しく批判した(本紙6月27日付「沖縄のページ」)。

 ところが、沖縄タイムスは慰霊祭について25日付で「李元総統が除幕」と写真付きで報じたものの、その一方で「元日本兵慰霊に賛否」との見出しで、「(台湾の野党)国民党の一部には李氏の『媚日』批判がくすぶる」とし、「中国紙、環球時報(電子版)は李氏の訪日を前に『台湾人が日本に弾圧された歴史を隠蔽(いんぺい)している』と批判。中国当局も『日本の台湾植民地統治を美化しようとするたくらみに両岸(中台)同胞は断固反対する』と李氏を批判している」と慰霊祭に水を差した。環球時報は中国共産党機関紙「人民日報」の系列紙だ。

 一方、琉球新報は李氏の講演を報じたが、李氏の中国批判を素直に受け入れず「中国を激烈批判 蔡総統への不満背景」(25日付)との見出しで、「(中国)批判を強める背景には『蔡英文総統が中国に対しておとなし過ぎることに不満がある』(李氏周辺)ため、自分が言わなければならないという思いがあるようだ」と“政治発言”にすり替えた。

 これでは高齢に鞭(むち)打って訪沖した李登輝氏の真意がまったく伝わってこない。氏の講演はそんな政治絡みの安っぽいものではなかった。晩餐会での講演全文は幸いにも産経ネット版に載っている。李氏は産経記者に「きょうの私の発言を世界に発信してほしい」と話したという。

 その中で李登輝氏は15年ぶりに首相に返り咲いたマレーシアのマハティール氏(92)が中国の脅威を直視し、中国マネーが投入されるクアラルンプールとシンガポール間を結ぶ高速鉄道建設計画の中止を決めたと指摘している。

 かつてシンガポールの故リー・クアンユー氏(2015年3月死去)は、鳩山由紀夫政権が沖縄米軍基地の「県外移設」を唱えたことについて「米国抜きではアジアの勢力均衡は保てぬ」と強調し、反米軍基地論を厳しく批判した(朝日新聞10年5月11日付)。

 戦後アジアを代表する政治指導者はいずれも中国の覇権主義を見抜き警鐘を鳴らしている。この声に沖縄紙は耳を傾けない。とりわけ台湾の声を消し去る。まるで中国の代理人だ。

◆米国畏怖する中国人

 その典型が沖縄タイムス6月28日付社会面トップを飾った「道の駅かでなの中台観光客」の記事だ。米軍嘉手納基地を一望できる「道の駅かでな」の展望台が中国大手旅行サイトで本島中部(沖縄市周辺)の人気1位にランクされており、中国人観光客が大型バスなどで訪れているとして、中国と台湾からの観光客に話を聞いている。

 見出しには「『尖閣で戦争あり得ない』『広大な基地 発展を阻害』 識者『安保概念 交流と矛盾』」とある。最初の発言は中国人、次いで台湾人、識者は日本人のものだが、彼らは記事の中でどう述べているのか。

 中国人は蘇州市の30代夫婦で、尖閣諸島問題について妻が「両政府がいい方法で解決してくれると信じている。軍事衝突はまずないでしょう」と言い、夫は「例え尖閣問題で衝突が起きても、米国が日本より大きい貿易相手の中国と戦争することはあり得ない。中国も米国と戦うことはない」と語る。

 夫の発言は意味深長だ。「尖閣で衝突が起きても」というのは中国側が事を構える以外にないが、そのとき米国は介入してこないと考えているのだ。その一方で「中国も米国と戦うことはない」とするが、それは米政府が尖閣を対日防衛義務を定めた日米安条約5条の適用対象と明確に示せば、中国は尖閣に手を出せないとの見方だ。中国人は米軍を畏怖(いふ)しているのだ。

 ここから日米同盟なかんずく在沖米軍が抑止力としていかに重要であるかが知れる。だが、それでは沖縄タイムスには都合が悪い。それで中国人夫婦が語ってもいない「尖閣で戦争あり得ない」との見出しを作り上げた。

◆ネット版さらに偏向

 では台湾人の発言はどうか。記事にはこうある。
「(40代の台湾人会社員は)『沖縄に米軍基地があるのはありがたい。中国に対峙(たいじ)するため嘉手納基地の軍事力はもっと強くしてもいい』と持論を展開。一方で『沖縄の人たちにしたら、これほど広い基地が街の中心にあるのは経済発展の阻害になるだろう』と遠くを見つめた」

 台湾人は「沖縄に米軍基地があるのはありがたい」「嘉手納基地の軍事力はもっと強くしてもいい」と述べている。ところが、見出しにはない。この発言は沖縄タイムスにとって不都合だからだろう。それで都合のよい「経済発展の阻害」を見出しにしたか。

 「安保概念 交流と矛盾」と述べる「識者」はフリージャーナリストの屋良朝弘氏だ。フリーといっても元沖縄タイムス論説委員の反米派で、「抑止論に拘束される日本の安保観の見直しが必要だ」と述べている。中国の軍拡には目をつむり、日米の抑止論を否定するのだから、これこそ尖閣に戦争を招き入れる「戦争屋ジャーナリスト」だ。

 この記事をタイムスのネット版「沖縄タイムス+プラス ニュース」でみると、驚いたことに輪をかけて偏向していた。中国人のコメントだけが見出しにあり、台湾人は完全抹殺だ。そこまでやるのか、と唸(うな)らせる偏向ぶりである。

 さて、沖縄県知事選を控えて地元紙はどんな記事を繰り出すか。県民は心眼を開いて真実を見てほしい。

 増 記代司