米軍属の女性遺体遺棄事件 反基地でなく犯罪防止を
《 沖 縄 時 評 》
綱紀粛正に努める在沖米軍
沖縄県うるま市のOL・島袋里奈さん(20)が殺害、遺棄された事件で、米軍属のシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者(32)が逮捕された。
シンザト容疑者はニューヨーク州出身で、2007年から14年まで米海兵隊に所属。その後、軍を辞め、軍属として米軍嘉手納基地内のインターネット会社に勤務。県人女性と結婚し女性の実家に4月に引っ越したばかりで、生後数カ月の子供もいた。
それがなぜ惨劇に及んだのか、犯行の動機や経路を徹底究明しなければならない。犯罪者には厳正な「法の裁き」を受けさせ、罪を償わせねばならない。そして惨劇の再発を防がねばならない。
その際、留意すべきは憲法が人種や信条、性別、社会的身分、門地などで差別されない「法の下の平等」を明示していることだ(第14条)。裁判でも「法の下の平等」は論をまたない。
犯罪の性質や動機、計画性、犯行態様(執拗さや残虐性)、結果の重大さ、遺族の被害感情、社会的影響、あるいは情状酌量の余地はないのか、さまざまな角度から犯罪に光を当て、厳正な判決を下す。そこに差別や偏見を持ち込んではならない。それが民主主義国の「法の正義」であり、司法の原則だ。
米軍を犯罪者扱い
では、今回の沖縄の事件はどうだろうか。メディアや左翼団体は犯罪の真相究明を棚上げにし、まるで反米軍基地闘争の格好の材料とばかりに、「米軍撤退」「地位協定見直し」といった政治的主張を声高に叫んでいる。
中には「米軍がいるから犯罪が起こる」「米兵は犯罪者」といった発言も見受けられる。だが、今国会で成立したヘイトスピーチ対策法は「本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」を禁止している。沖縄で米軍を犯罪者呼ばわりするのは、この差別的言動に該当しないのだろうか。
時を同じくして東京で、アイドルとして活動していた女子大生(20)がストーカーに刺される殺人未遂事件や東大生5人による女子大生(21)への強制わいせつ事件が起こった。前者は群馬県出身者、後者は最高学府の東大生の犯行だが、群馬県民が責任追及されることはない。東大当局には学生の監督責任があるが、だからと言って東大があるから犯罪が起こる、東大をなくせ、とはならない。
もちろん、これら事件と沖縄の事件を同列に置くことはできない。だが、冷静な犯罪分析もせずに、米軍を犯罪者呼ばわりするのは、米軍人や軍属、その家族らの尊厳を貶(おとし)める行為だ。
橋下徹前大阪市長は「外国人だけと殊更批判するのであれば、自称人権派がいつも叫ぶ移民差別の流れになる」(5月21日、自身のツイッターで=琉球新報5月23日付)と警告している。今事件をもって「米国人=犯罪者」の構図を描くのは明らかに差別だ。
第1に、米軍人・軍属らが関連する凶悪事件は一部の女性団体が主張するように「毎日のように繰り返されている」というのは本当だろうか。
朝日新聞5月21日付社説は「復帰から昨年までの在沖米軍人・軍属とその家族らによる殺人や強姦などの凶悪事件は574件にのぼる」と、あたかも最近も多発しているかのように書いている。
だが、凶悪事件の9割近くは復帰後20年(1992年)までに発生しており、普天間飛行場の移設問題の発端となった少女暴行殺害事件(95年)以降、米軍は綱紀粛正・再発防止に努め、毎年数件に抑え込んできた(20年間で計63件)。むろん数件でも許されるものではないが、防止努力は認めてしかるべきではないか。
本紙5月25日付「沖縄のページ」が指摘するように、昨年の沖縄県(約142万人)での刑法犯罪の検挙数は4205件。一方、米軍関係者(約4万5000人)は34件。人口1000人当たりでみると、県民の刑法犯発生率は2・3%なのに対して、米軍の発生率は0・9%とはるかに低い。
今回、沖縄米軍は県内に住む全ての米軍人に対し6月24日まで基地と自宅の外での飲酒と宿泊を禁止し、午前0時までの帰宅も義務付けた。軍属にも強く求める措置を講じた。
正しくない軍人観
第2に、米軍に限らず軍人(自衛官も)を蔑視し、殺人鬼のように言うのは、正しい軍人観だろうか。
どこの国にも軍人を忌み嫌う人はいるが、民主主義国では多くの場合、尊敬されている。国家国民の火急の際、自らの身を投げ出して国民の生命を守る使命を担っているからだ。
例えば、ドイツの職業軍人の宣誓では「ドイツ連邦共和国に忠誠を尽くし、勇敢にドイツ国民の権利と自由を防衛する」と軍人の義務を明記し、国民への忠誠を誇りとしている。
国際社会では軍人を特別に処遇する。国際法(国際武力紛争法)は制服と徽章(きしょう)を着けた者のみに戦闘行為を許し、敵軍に捕まれば戦時捕虜扱いを受けさせる。捕虜が質問に答える事項は自らの氏名、階級、生年月日、認識番号に限る。
軍人と文民、軍事目標と民用物を区別せずに行う無差別攻撃を禁止し、非戦闘員に危害を加えれば戦争犯罪に問い、降伏者には暴力や脅迫を加えず人道的に処遇せよとする。
また軍人が海外に派遣される場合、国際慣習で旅券もビザも不要で、制服を持って赴く。沖縄の米軍もそうした国際法に守られている軍人である。
国際法だけでなく、多くの国は軍人に対して特別の国内法、例えば一般の裁判所でなく、軍事裁判所(軍法会議)を設け、審査・裁判を行う。軍紀を維持し、利敵行為を裁くために一般社会とは異なる軍独自の秩序の維持の必要から国内法で規定しているのだ。
軍人を蔑視するのは国際法、国内法に無知だからだ。このことを理解しなければ、日米地位協定の意味も分からない。
地位協定は無関係
第3に、「米軍人・軍属の特権を認めた日米地位協定」(琉球新報5月23日付社説)、「植民地扱い」(同21日付社説)、日米地位協定で米軍人が特別に守られているから犯罪が絶えない、地位協定は「沖縄差別」と言うが、本当だろうか。
国際法は駐留を認められた外国軍隊には特別の取り決めがない限り、現地国の法令は適用されないと定めている。それで米軍人や軍属の公務執行中の行為に日本の法律は原則として適用されない。これは日米地位協定以前の国際法の原則だからだ。
こういう取り決めは日米間だけでなく、どこでも行っている。軍人は一般刑法とは別の軍人裁判で裁かれるからだ。日米地位協定では米軍人、軍属が公務外に罪を犯し、容疑者が米側にある場合、身柄を日本側当局に引き渡されるのは検察の起訴後としている。
これも95年の事件を受け、殺人、強姦などの凶悪犯罪で日本政府が重大な関心を有するものは起訴前の引き渡しも可能となった。外務省によれば、NATO(北大西洋条約機構)などの地位協定と比べても有利で、「沖縄差別」はない。
今回の事件は公務外の犯行で、容疑者は基地外に居住し、日本側に身柄がある。それで身柄問題は生じないし、捜査に支障をきたしていない。地位協定はネックとなっていないのだ。
伊勢志摩サミットの直前に開かれた日米首脳会談(5月25日)で、安倍首相は日米地位協定について「地位協定のあるべき姿を不断に追求したい」と述べ、見直しには言及せず、運用で改善するとした。これは国際法から見ても妥当な見解だ。
地位協定で犯罪が野放しにされているわけではない。それに米側の罰則が甘いわけでもない。例えば、12年に神奈川県の米海軍厚木基地に所属する40歳代の兵曹が日本人女児にわいせつ行為を行ったが、横浜地検は不起訴処分とした。これに対して米側は軍法会議にかけて禁錮6年を言い渡した。性犯罪については日本より重く、終身刑もあるのが米国である。
犯罪に真正面から向き合わず、何でも反米闘争にすり替える悪弊はそろそろ終わりにすべきだ。
増 記代司