2期目の蔡英文政権1周年 台湾、中国から「二つの脅威」

 台湾は2期目の蔡英文政権発足から1周年を迎えた。蔡政権は、世界を震撼(しんかん)させ続けている新型コロナウイルス感染対策に尽力し求心力を高めた一方、「武力行使も放棄しない」と公言する中国の台湾併合への野心をどう牽制(けんせい)するか迫られている。中国から「二つの脅威」を受けている台湾を特集する。(編集委員・池永達夫)

新型コロナ対策に尽力
最大の課題は安全保障

 アジア開発銀行(ADB)は先月28日、今年の台湾の経済成長率が4・6%になるとの見通しを発表した。昨年12月の予想を1・3ポイント上方修正した。

 新型コロナウイルスによる世界市場の縮小にもかかわらず台湾経済の強靭(きょうじん)性を維持できたのは、電子製品の技術水準と製造能力の高さに代表される輸出産業が国内総生産(GDP)を押し上げたからだ。

中央感染症指揮センターを訪れ関係者を激励する蔡英文総統=台湾総統府HPから

中央感染症指揮センターを訪れ関係者を激励する蔡英文総統=台湾総統府HPから

 台湾はパンデミックの封印に成功を収め、世界の多くの国の製造業が苦戦する中、生産力を維持してきた。台湾政府は国際社会がまだそのリスクに気が付かない昨年元旦から、空港で訪台中国人の検温を開始するなど厳格な検疫体制を敷き接触者を追跡することで、感染拡大を抑え込んできた。

 とりわけ称賛の声が高いのは、そのスピード感だ。昨年元旦からの検疫体制で迅速な水際作戦を敷けたのは、台湾の一医師の貢献による。

 その若い一医師は2019年12月に、武漢の李医師による「武漢の海鮮市場で新型SARS(重症急性呼吸器症候群)が7件発症」との内部告発に気付き、大みそかに台湾のSNSサイトに投稿。その翌日から、台湾は水際作戦の防疫体制構築に動いたのだった。

 台湾では2004年、中央感染症指揮センターや新伝染病防治法など、パンデミックに対応できる新組織や法的枠組みなどが整備されていた。これは中国南部でSARSが発生した2002年、台湾の病院でも集団院内感染が起こり、73人の死者を出した苦い歴史を反面教師に整備されたものだ。このおかげで新型コロナ感染症が世界で感染拡大した際に、台湾では先手先手の対策を矢継ぎ早に打ち出してきた。

軍事的威嚇を強める

 ただ中国発の「二つ目の脅威」は深刻だ。軍事力強化を推進してきた中国が、台湾に牙をむくかもしれないからだ。

 中国の習近平国家主席は、台湾統一を実現するために武力行使も排除しない方針を示している。習氏は「一国二制度」による統一を目指してきたが、台湾の親中派をテコに併合に向けた政治的包囲網を構築しようとの目論見(もくろみ)はことごとく外れた。とりわけ中国が香港の自由を抹殺した国家安全維持法制定で「一国二制度」の罠(わな)が露見。その「一国二制度」で台湾攻略が難しければ、中国が武力に訴えることも十分に考えられる。

 中国の台湾事務弁公室が運営するウェブサイト「中国台湾網」は2月中旬、「両岸の統一は次の世代まで待てない」と題する論文を掲載し大きな波紋を広げた。

 その中国が台湾に対する軍事的威嚇を強めている。とりわけ顕著なのが、中国軍の爆撃機や戦闘機などが台湾の防空識別圏(ADIZ)への進入を繰り返していることだ。

 中国によるあからさまな台湾威嚇は、今年1月に発足したバイデン米政権の台湾防衛の本気度を試したもようだ。米国の台湾関係法は、自衛のための武器供与等による防衛支援を定めている。

 そのバイデン政権は、空母を南シナ海に派遣し、2月には第7艦隊所属の駆逐艦に台湾海峡を複数回、通過させるなど台湾支援姿勢を鮮明に打ち出している。

 中国を「最も手ごわい競争相手」と位置付けるバイデン大統領は2月10日、中国の習近平国家主席と電話会談を行い、台湾に対する中国の挑発行為について「地域における独断的な行為」だと指摘し懸念を表明した。

 そうした中、米共和党のスコット上院議員とレッシェンサラー下院議員が2月中旬、中国の台湾侵攻を未然に防ぐため、大統領に一定の武力を行使する権限を付与すべきだとする「台湾侵略未然防止法案」を上下両院に再提出した。

 なおロンドンで開催された先進7カ国(G7)外相会議は5日、共同声明で中国の覇権主義に「重大な懸念」を表明し、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調した。

日台は運命共同体

 自由と民主主義を掲げる台湾の安全保障は、日本のそれとも直結している。

 力による現状変更を狙う中国共産党政権が台湾を制圧すれば、その東岸から中国の海空軍が太平洋へ直接進出できるようになる。日本の海上交通路(シーレーン)が脅かされるだけでなく、西太平洋における軍事バランスが崩れかねない。その意味でも日台は運命共同体だ。

 先月のワシントンで行われた日米首脳会談では中国が軍事的圧力を強める台湾問題への対応を協議し、共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と明記した。

パイナップルの恫喝

 なお中国は台湾産パイナップルを3月1日から輸入禁止にした。理由に挙げたのは害虫「カイガラムシ」の付着だが、中国の常套(じょうとう)手段である経済的恫喝(どうかつ)であり嫌がらせにすぎない。台湾南部が主要産地のパイナップル農家は民進党支持層が多く、蔡英文政権への揺さぶりが狙いだからだ。

 だがパイナップルの輸出先の実に97%を占める中国からの経済制裁で窮地に陥った台湾に、台湾内のみならず諸外国も支援に動きだした。日本でも大手スーパーが取扱量を大幅に増やし、SNS上では「台湾パイナップルを食べよう」という支援の輪が広がっている。

 また8日には日本人の八田與一氏が建設した台湾・嘉南大圳の起工100周年を祝う記念式典が台湾・台南市の八田與一記念公園で行われた。この式典で蔡総統は「八田氏の功績が日台友好の礎となった。その先見の明、勇気と実行力に学び、100年後の子孫に良い環境が残せるよう努力したい」とあいさつした。