日韓専門家対談 韓国大統領選と北東アジア情勢

本紙・国際平和言論人協会共催オンラインセミナー

「高まる「政権交代」への期待、20~30代有権者の動向がカギ」

来年3月の大統領選挙主な立候補予定者

来年3月の大統領選挙主な立候補予定者

 韓国で来年3月の大統領選挙に向けた動きが本格化する中、世界日報社はこのほど、国際平和言論人協会(IMAP)との共催で、「韓国大統領選と北東アジア情勢」をテーマとするオンラインセミナーを開いた。選挙の争点や構図、有力候補の政策、日韓関係をはじめ選挙後の北東アジア情勢などについて日韓の専門家に議論を交わしてもらった。

 

 上田 来年3月9日実施の韓国大統領選の争点は何か。

  与党「共に民主党」を母体とする文在寅大統領政権、革新政権が継続できるのか。保守系野党「国民の力」などは文政権に厳しい。政権交代しなければならないと主張している。文政権の実績を認めないだけでなく、以前の保守政権時より悪くなったと。

 具体的には、外交戦略として北朝鮮の政策をどうするか。現在、非常に悪化している韓国経済をどうするか。また福祉分野では、与党は基本所得(ベーシックインカム)を打ち出している候補者もいるが、コロナ後の経済をどう立て直すかが争点になる。

 西野 文在寅政権の5年間をどう業績評価するのか。肯定的か、消極的・否定的に評価するのか。韓国で言うところの「政権審判論」だ。不動産問題を中心とした、経済の問題が評価の対象にならざるを得ない。世論調査では「政権交代すべき」という指標の方が高く出ている。その国民の声を受け止めるような候補が現れるかが重要なポイントだ。もう一つは、未来の展望を示し、どのくらい明るい未来を提示できるか、そのような候補者がいるのかどうか。つまり、過去に対する業績評価と未来に対する展望の2点から、韓国の有権者は大統領選の状況を判断するだろう。

 上田 文政権の支持率は不動産問題の表面化により急に低下し始め、4月に行われたソウル・釜山両市長選で、20~30代の若い世代が政権を厳しく評価し、与党が惨敗した。政権を見詰める世論の変化のどこに注目すべきか。

  現在の大統領支持率は40%台、不支持率は50%台。歴代大統領の任期末支持率としては依然として支持は高い。しかし、40%以上の支持があっても、大統領選では政権を取れるか否かが問題。支持率がある程度あっても4月の市長選挙で与党は負けた。

韓国世宗研究所日本研究センター長 陳 昌洙氏

韓国世宗研究所日本研究センター長
陳 昌洙氏
(チン・チャンス)1961年生まれ。韓国の西江大卒、東京大院卒(政治学博士)。世宗研究所で首席研究委員や所長を歴任。専門は日本政治。日韓関係に詳しく、両国に広い人脈を持つ。

 革新と保守の固い支持層はそれぞれ30%ずつあり、残りの中間層が40%ある。このうち10ポイントは大統領を支持している。選挙でプラス5ポイントくらい上積みすると勝つ可能性もある。つまり与党が絶望的に負ける状況でも無ければ、今の流れに沿って政権交代できると断言できる状況でもない。今のところ微妙だ。

 上田 既に各候補が出馬宣言している。与党は京畿道知事の李在明(イ・ジェミョン)氏、元首相の李洛淵(イ・ナギョン)氏。野党の「国民の党」に入党したばかりの前検事総長の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏、前監査院長の崔在亨(チェ・ジェヒョン)氏。他にも数人いるが、この顔ぶれを見て、どのような大統領選が予想されるか。

 西野 これから与野党の主要候補が予備選挙を繰り広げるが、その状況を見る必要がある。与党で人気があるのは李在明氏だが、与党の候補者選びには国民の人気だけでなく、党内での基盤も重要。李在明氏は親文在寅系ではなく、国民的人気の高い李在明氏に対して、親文在寅系がどう対抗していくのか。「李在明候補対反李在明」のような戦いに持っていけるかが、親文在寅勢力から見た重要なポイントである。

 親文在寅系の候補としては、文政権で最初に首相を務めた李洛淵氏が、一時期支持率が落ちたが、最近また上昇している。最終的に親文在寅勢力が「李洛淵氏で行こう」となるか、まだ分からないということで親文在寅系の勢力がまとまる状況がつくられないのかが、重要なポイントになる。

 野党の場合は、尹錫悦氏の人気が高いが、民主化以降の大統領選挙を見ると、政治経験のない人が大統領に当選したことはない。ただ今回は非常に混戦模様のため、過去の例が当てはまるとは言えないが、予断を排して見ていかなければならない。しかし、過去に政治経験のない候補が大統領になったことがないことが意味するのは「身体検査」、つまりさまざまな検証を済ませていないということだ。尹錫悦氏は国民の力に入ったが、野党の中の支持基盤が十分ではないことがある。尹錫悦氏が支持を獲得していく、さらには与党の候補になるためには、超えなければならないプロセスが非常に多い。

慶應義塾大学教授 西野 純也氏

慶應義塾大学教授 西野 純也氏
(にしの・じゅんや)1973年生まれ。慶應大卒、延世大院卒(政治学博士)。ハーバード・エンチン研究所等で客員研究員を歴任。慶應大学法学部政治学科教授、同大現代韓国研究センター長。専門は東アジア国際政治、現代韓国朝鮮政治。

 監査院長を辞めた崔在亨氏も同じで、行政経験はあるが、政治経験は無く、最終的な野党候補に残れるかが注目ポイントだ。裏返せば、尹錫悦氏や崔在亨氏に代わるような政治家候補が野党の中にいないという点も重要である。そのため、文在寅政権の支持率は落ちてきてはいるものの、民主化以降の歴代大統領の中では最高の40%台を維持している。これは野党が依然として十分に強力な対抗勢力になり切れていないことを表している。

  与野党で候補者を選ぶ方法が違う。与党は権利党員(党のメンバーシップを持っている人)の投票が非常に重要である。権利党員で一番多い割合を占めるのは南西部の全羅道、いわゆる湖南だ。南東部の慶尚道、いわゆる嶺南出身の文大統領を支持するグループは同じ嶺南出身の李在明氏を候補に推す可能性がある。李洛淵氏は湖南出身であり、またもう一人の立候補者である丁世均(チョン・セギュン)前首相も湖南出身のため、反李在明グループが一本化できれば、李明在氏に勝てる可能性はある。

 与党の文在寅グループは本音では前回の大統領選の党内候補者選びで争った李在明を選びたくないが、尹錫悦になるよりは、李在明になった方が良いと判断するだろう。今の雰囲気では、尹錫悦氏は反文在寅で出ているから。結局、文在寅グループは李在明氏を選ぶか、李洛淵氏を選ぶか迷っている。李在明氏と李洛淵氏は相手候補のイメージダウンを狙うネガティブ戦略を取っている。文在寅グループと湖南のメンバーシップを持つ党員らが、李在明氏と李洛淵氏のどちらを選ぶかがポイントだ。

 一方、野党には有力な政治家がいない。国民もあまり期待していない。国会議員の洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏などいるが、彼らが公認候補に選ばれるのは難しい。それゆえ尹錫悦氏と崔在亨氏の戦いになる。尹錫悦氏はもう少し、中間層を取り入れようとしている面があり、支持基盤は国民の力の党内では国会議員の半数を占めており断然有利だ。親朴槿恵派や強硬な保守派は(朴槿恵氏の)弾劾裁判に検察側として関与した尹錫悦氏に反感を抱き、崔在亨氏を推している。尹錫悦氏がこの問題を乗り越えられるかが重要だ。

 上田 若い世代の政治への向き合い方が大統領選にどう現れるかが一つの観戦ポイントになる。

 西野 4月のソウルと釜山の市長選の結果は大きな意味を持つ。やはり20~30代が来年の大統領選で非常に重要な有権者層として登場してきたことを再確認する出来事であった。彼らは2017年5月の文在寅政権発足時には文氏を支持していたが、必ずしも革新層であったとは言えない。当時の朴槿恵政権の不正や腐敗、公正さの欠如に対して「ノー」を突き付けた。その代わりに、文政権には暮らし向きが良くなるような経済や雇用の問題の解決、公正さの実現を求めた。

 しかし、4年たって振り返ったとき、文政権はそれらを何も実現していないと。4年間の文政権の業績評価の観点から、ソウル・釜山市長選で強くノーを突き付けたと言える。この層が、次の大統領選で誰を支持するのかが非常に重要なポイントだ。一般的に20~30代の投票率はあまり高くないと言われているが、来年はおそらくこの層もかなり高い投票率を見せるだろうと予測されている。

 ただ、留意しなければならないのは、彼らが文政権にノーを突き付け、野党候補の当選を押し上げ導いたとしても、イコール彼らが保守化したわけではないということ。だから保守候補に投票するかというとそうではない。反文在寅は非常に高まっているが、自動的に保守候補に投票する状況ではまだない。

  20代の若者はなぜ文在寅政権が嫌いなのか。20代の文政権支持率は20%前後。これは70代と同じ。つまり一番古い世代と若い世代が文政権にノーと言っている。古い世代は、経済の公正さが足りないと言っている。若い世代は、経済面で就職が厳しいという点もあるが、それよりも公平・公正さが全く無いと言っている。韓国の流行語に「ネロナムブル(自分がしたらロマンス、他人がすると不倫)」という言葉があるが、自分がやるのは良くて、他人がするのは良くないと主張するイメージが文政権にはある。

 文政権を支持していた30代はもう離れている。就職できない厳しい状況に追い込まれ、マイホーム購入もできない。20~30代が与党から離れていくのは間違いない。文政権を支持する最も重要な世代である40~50代は支持・不支持が半々くらいで、60代からは保守派を支持している。

 上田 有力候補のこれまでの発言から大統領選後の日韓関係を予測すると。

  20~30代も60代以上も政権交代を支持しようとしている。だが、60代以上は日米韓3カ国の協力が重要だという認識を抱いているが、20~30代は日韓関係をある程度重要だと思いながらも、歴史認識問題では60代以上より日本に厳しい目を向けている。だから保守政権に交代しても、そうした若者の世論を意識し、日本に対し甘く協力することはないだろう。

 保守政権になっても革新政権になっても、今の日韓関係よりは多少融和的になり、改善に向け対話姿勢を維持するだろうが、歴史問題について若い世代がより厳しい目を向けているため、画期的な改善は望めないだろう。

 西野 韓国社会の変化に目を向けると、誰がリーダーになっても、日本に対して融和的になったり、関係改善を追求するということはない。徴用工や慰安婦のような歴史問題は、誰がリーダーになっても急速な改善に向かうとは考えづらい。ただ、リーダーシップの交代という観点では、関係改善のきっかけを提供する、とりわけ日本の世論の状況は残念ながら文政権に対して極めて否定的だ。新しいリーダーに交代すれば新しい関係性を模索することに繋(つな)がる。

 上田 米中の対立の中で、韓国が日米韓の中に留まってくれるのか、米中のどちらを選ぶのかという二者択一は韓国の国益にならないとして、今後も新しい韓国の政権は明確な意思表示をしないだろうか。

  保守派は、文政権は平和にこだわって北朝鮮の言いなりになっている、北朝鮮は危険だとの考え方が強いので、中国にも言いたいことを言わなければ、韓中関係がおかしくなると考えている。韓国が中国に忖度(そんたく)してクアッド(日米豪印の協力枠組み)に入らないことは国益を見ても損をすると。保守派は日米韓を基軸と考え、米国と中国のバランサーにはなるべきでないと考えるだろう。

 しかし、革新派は米国に従属しいてはだめだと考えている。韓国は国際的に中堅国として振舞わなければならないというのが基本的な考え方だ。今の政権は中国や北朝鮮に対して極端な部分があるが、次の政権が李在明氏になるとさらに極端になる可能性がある。李洛淵氏になると少し中立に戻るとも言われている。野党では尹錫悦氏になると米国中心になると思われる。

 西野 革新が政権を取れば文政権の延長で、基本的に政策の方針は同じだと考えられる。保守だと対外政策、中国との関係については修正される可能性が大きいだろう。

 ただ、政権が変わっても変わらないものがあるとすれば、第一に米韓同盟が韓国の外交政策の基盤であり続けるということ。第二に韓国がそれなりの大国という一定の自信に基づくミドルパワー外交というものを展開するというもの。第三にミドルパワー外交の活路の一つとして米韓同盟を基軸にしながらも北東アジア、東アジアでは多国間の枠組みの形成を目指していくこと。

 上田 日本人と韓国人では、安全保障に対する感覚が必ずしも一致していないのではないか。

 西野 重要なのは地政学的な条件で、もう一つは歴史的経緯だ。韓国の場合この二つの組み合わせが非常に重要で、半島というポジションに置かれ周辺に大国が位置していたため、大国間での戦争が非常に多く、犠牲になった。それが韓国の対外情勢認識や国際情勢認識を形成する要因になっている。現在は過去とは違い大国間の犠牲になるような国ではない。しかし、米国や中国のように国際秩序を独自に形成する力はないので、それらの国民的な認識が外交政策に収斂(しゅうれん)している。

  保守政権になっても南北対話は重要。文政権は北朝鮮に甘いと感じる日本人は多い。しかし対話をすることは、革新であれ保守であれ、平和を保つという意味で重要だ。それを戦略としてどの程度やるか。中国のTHAAD(高高度防衛ミサイル)問題以降の韓国世論は、実は反日よりも反中の方が強い。今は中国に対して韓国政府も厳しくなっているところがある。

 上田 大統領選まであと約7カ月。今後の注目ポイントは。

 西野 候補者が誰かと同等に、構図がどうなるかが重要だ。保守と革新の二大対決の構図になるか、あるいは第3の候補が現れるかで勝敗の行方が大きく変わる。まず保守と革新の二大対決になれば、誰が候補になっても接戦にならざるを得ない。51対49に近い状況が演出される。ただし、どちらかの票が割れるか、第3の候補者が出現すると、大きく様相は変わってくる。

  無党派の中間層をどう取り入れるかが最大のポイント。革新派の李在明氏でさえ経済成長を主張している。革新派が経済成長を訴えるのは、中間層を取り入れたい気持ちの表れだ。保守は平和を主張し、革新は経済を強くアピールする。互いに無党派の中間層をいかに取るかという作戦に出るだろう。

 ただ、自分の理念よりもポピュリズム(大衆迎合主義)的になることが、韓国の国益にとっていいのか。ポピュリズム的な選挙になると、その後、公約と異なる行動を取るのではと憂慮している。中間層をどのくらい取るかが最大の焦点になる。