朝鮮半島平和構築へのメディアの役割:日欧の視点(IMAP)


≪国際平和言論人協会(IMAP)ウェブセミナー≫

 世界各国の報道機関や言論人が恒久平和の構築に向けて協力する「国際平和言論人協会」(IMAP)は4月30日、「朝鮮半島平和構築へのメディアの役割:日欧の視点」をテーマとするウェブセミナーを開いた。講演した日欧の報道関係者や専門家からは、メディアはフェイクニュースや偽情報の拡散によって低下する信頼を取り戻す必要があるとの意見が表明された。講演者の発言要旨を紹介する。

偽情報排して信頼回復を

▽ アルバニア政治評論家 ルトフィ・ダルビシ氏

アルバニア政治評論家 ルトフィ・ダルビシ氏

Lutfi Dervishi アルバニアの政治討論番組の司会者として著名。腐敗や汚職と闘う国際組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」のアルバニア支部事務局長やティラナ大学講師も務める。

 アルバニアは1990年代初め、「欧州の北朝鮮」と呼ばれたが、それは共産主義・全体主義体制を打倒した最後の国だったからだ。政権は私有財産と信教の自由を憲法で禁止し、国境には鉄条網が張り巡らされ、誰もアルバニアから出ることが許されなかった。
 私はプロパガンダが真実を封じ込める国に住んでいたわけだ。ジャーナリズムが本物のプロパガンダと100%同一である国では、真実が真っ先に犠牲になる。国家は権力を持つ政党そのものだった。

 「メディア戦争」という言葉はバルカン半島から生まれた。プロセインのクラウゼヴィッツ将軍は「戦争とは他の手段をもってする政治の継続」と言ったが、これを「戦争とは他の手段をもってするテレビニュースの継続」と置き換えた人がいた。メディアが権力者の道具として使われるとき、これは起き得ることだ。

 インターネットやソーシャルネットワークの出現は、メディアに課題をもたらしている。「戦争」の舞台が伝統的なメディアからオンラインに移ったからだ。

 英国人ジャーナリストのCP・スコットは100年前、新聞の第一の仕事は事実を正確に報道することであり、「意見は自由だが、事実は神聖だ」と主張した。残念なことに、今は「意見は神聖だが、事実は自由だ」になってしまったようだ。

 現代は情報が氾濫する一方、真実を見極めるのが難しい。陰謀論、フェイクニュース、偽情報がメディアの仕事をより困難なものにしている。

 アルバニアやバルカン半島では、陰謀論やフェイクニュースの流布が大きな被害をもたらしている。1年半前、アルバニアは強い地震に見舞われたが、その数時間後、ネットメディアにまた強い地震が起きるというフェイクニュースが掲載された。私が住む首都の住民のほとんどが車で他の都市に出ようとしたため、大混乱になった。世界で最も軍事化された地域の一つである朝鮮半島でフェイクニュースがもたらす影響を考えると恐ろしい。

 アルバニアは「北朝鮮モデル」から「韓国モデル」に移行し、ジャーナリズムがようやくプロパガンダから自由なメディアになった。だが、私の子供の世代にとって、伝統的なジャーナリズムは主要な情報源ではなくなっている。メディアが今日直面する課題は、信頼される情報源になり、偽情報に対処することだ。

 アルバニアの政治討論番組の司会者として著名。腐敗や汚職と闘う国際組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」のアルバニア支部事務局長やティラナ大学講師も務める。
  

独裁体制が恐れる宣伝ビラ

▽ 宮塚コリア研究所代表・宮塚利雄氏

宮塚コリア研究所代表・宮塚利雄氏

みやつか・としお 1947年、秋田県生まれ。高崎経済大学卒業後、韓国・檀国大学大学院博士課程修了。元山梨学院大学教授。中朝国境のフィールドワークで生の北朝鮮情報や物品収拾を続ける。

 私は新聞やテレビ、インターネット以外の「もう一つのメディア」として、韓国と北朝鮮の双方が互いに相手国領内に空中散布している「宣伝ビラ」に注目している。朝鮮戦争から最近に至るまでのビラを収集し、分析してきた。
 韓国と北朝鮮双方が散布するビラは「情報宣伝戦」の一環だが、「空飛ぶ紙爆弾」とも言われるように、相手に与える影響は非常に大きい。韓国では、脱北者など対北人権団体がこれまで、大型風船や海流を利用して大量のビラなど各種宣伝資料を送り込んできた。そこにはインスタントラーメンや現金が入っている場合もある。

 北朝鮮は当然反発し、昨年6月には金正恩朝鮮労働党委員長(当時)の妹、金与正氏名義でビラの配布中止と取り締まりを強硬に要求し、「軍事行動も辞さず」と韓国側を脅迫してきた。これに対し、韓国の文在寅大統領は「南北境界線の住民の安全を守る」との名目で、直ちにビラ散布の禁止に乗り出し、同12月には「対北朝鮮ビラ禁止法」を制定した。

 しかし、韓国側からのビラの散布は、閉鎖的で超独裁体制下で暮らしている北朝鮮国民にとっては、外部情報を得る非常に重要な手段であり、自由や民主主義、人権のためには不可欠なメディアでもある。人権問題を重要視するバイデン政権下の米国では、議会が超党派で公聴会を開き、韓国側のこの措置を激しく非難した。

 朝鮮半島の平和と南北統一のためには、一にも二にも北朝鮮の非核化を実現させ、この地域を安定させることだ。北朝鮮は今年1月に発効した「核兵器禁止条約」に加わり、自ら核兵器の廃棄を世界に宣言しなければならない。

 メディアは北朝鮮の政府と国民に対し、核廃絶の必要性を訴えていかなければならない。その意味において、新聞、テレビ、インターネットのほかに、空中散布するビラの果たす役割も大きいと考える。

 これまで散布されたビラの数は30億枚と言われている。北朝鮮は韓国から文化や思想が入ってくるのを非常に恐れている。体制維持のために韓国からのビラをどうしても封鎖しなければならないというのが北朝鮮の現状だ。

覚悟いる人権侵害の追及

▽ 英BBC記者 ハンフリー・ホークスリー氏

英BBC記者 ハンフリー・ホークスリー氏

Humphrey Hawksley 1980年代から英BBCの海外特派員として世界各国を取材。中国支局開設に携わるなどアジア情勢にも精通。中国の南シナ海進出をテーマにした『Asian Waters』など著書多数。

 朝鮮半島はドイツ統一と比較されるが、中国がソ連のように崩壊する、あるいは米国がインド太平洋から撤退することで統一する可能性は低いだろう。
 ロシアと中国は民主主義が示す道標には従っていない。日本と韓国も多くの問題で意見が一致しない。

 1990年代のグローバリズムとは対照的にナショナリズムが主流になっている。

 ミャンマーでは国軍が2月1日に絶対的権力を取り戻した。国軍はマフィアのようなビジネスネットワークで5400万人の国民を犠牲にして自分たちを豊かにしている。彼らがそれを手放す理由はどこにあるのか。民主主義という敵が近づいてくれば、彼らが犯した残虐行為や人道に対する罪について説明責任が生じることになる。戦争犯罪の独房に入るリスクを冒すはずがない。

 北朝鮮でも同じような状況がある。ホロコーストと比較される強制収容所やジェノサイドの非難を浴びるような人権侵害の実態を世界中の人々が知ることになったらどうなるか。

 そこでメディアの役割は何か。平和を維持するためにそれを隠蔽(いんぺい)するのか。あるいは紛争に逆戻りする危険を冒してそれを報じるのか。

 5、6年前、ロンドンでは英中関係は「黄金時代」と言われていた。しかし、中国は今、敵対的、専制的なマルクス・レーニン主義国家であり、ナチスのような少数民族の強制収容所を運営している。かつて自由だった香港には軍靴が上陸し、貿易に必要な海洋を軍艦が支配している。

 変わったのは、焦点を中東からインド太平洋に移そうとする政府の話だけだ。メディアがこのシナリオを変えたわけではなく、政治家が変え、メディアがそれに従ったのだ。皮肉な言い方をすれば、解決できない戦争に疲れ、新しいストーリーを求めたといえる。

国際的連携で世論動かせ

▽ 米紙ワシントン・タイムズ会長 トーマス・マクデビット氏

米紙ワシントン・タイムズ会長 トーマス・マクデビット氏

米紙ワシントン・タイムズ会長 トーマス・マクデビット氏

 自由を愛する国々が協力すれば、中国に対抗し、朝鮮半島の再統一に影響を与えることができる。その中で、市民社会や宗教組織、企業、メディアによる後押しは、「クアッド」と呼ばれる日米豪印の協力枠組みなどに肯定的影響をもたらすだろう。

 IMAPは昨年2月、韓国で開催された「世界サミット2020」で発足した。朝鮮半島に関してIMAPのネットワークは重要だ。世界各国のジャーナリストやメディア関係者が善良な人々の心を動かし、行動を促すストーリーを伝えたらどうなるか想像してほしい。これは強力なネットワークだ。IMAPは世論を啓発し、変化をもたらすことができると信じている。
 

欧州の知見は日本に重要

▽ 世界日報社長・黒木正博

世界日報社長・黒木正博

世界日報社長・黒木正博

 朝鮮半島と欧州は、南北朝鮮そして東西ドイツという同民族の分断という共通項を抱える。歴史的経緯や背景が異なるとはいえ、地域の平和構築に向けて欧州の経験や知見は日本にとって大いに参考になる。当事国はもとより周辺国家の政治、経済、文化がどう関わっていくかは極めて重要だが、その先導役、仲保役としてのメディアの使命も大きいのではないか。

 一方で、SNSなどニューメディアの登場に伴い、メディア全体の信頼性が強く問われる事態が続いている。特に昨年の米大統領選挙をめぐる報道は大きな混乱を引き起こした。人間にとって信教の自由とともに崇高な言論の自由を自ら貶(おとし)めるような事態を招いてはならない。その意味で新旧メディア共に自省する必要がある。