新たな偽情報戦仕掛ける中国
日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田 容子
ツイッターで陰謀論拡散
ハッカー集団用い広範な攻撃
新型コロナウイルスは、今まで鉄のカーテンで覆われていた政治の隠蔽(いんぺい)体質が透明のカーテンで透けて見える世界をもたらした。コロナウイルスの拡散を通して、中国はロシア政府の戦略から学び、今やクレムリンメソッドからテーラーメイドに仕立て上げた斬新な偽情報戦を実施している。
ロシアの宣伝装置利用
例えば、中国はロシアのプロパガンダ装置を利用している。「偽情報拡散で積極的役割を担っている」ロシアの国営テレビ局RTと通信社スプートニクは、中国の国営メディアが最もリツイートされた中国以外の報道機関のトップ5に入っている。
RTとスプートニクはセルビアのようなヨーロッパ諸国への中国の援助を称賛する一方で、ヨーロッパのウイルスへの反応の鈍さを批判している。中国共産党の大西洋横断的な結び付きを弱めるという長期的な目標は、情報戦によって発揮された。また、中国の外交官や大使館は、中国国内では禁止されているツイッターを利用して、ウイルスの出所に関する陰謀論を広めたり、増幅させたりしている。中国の外交官や大使館は現在、ツイッターに100以上のアカウントを持っている。
中国外務省報道官は、米軍が中国にコロナウイルスを持ち込んだ可能性があるという陰謀論を30万人以上のツイッターのフォロワーに広めた。 このツイートは、親クレムリン派として知られる人物のブログにリンクされており、すぐに十数人の中国の外交官や大使館からリツイートされた。中国の国営メディアはその後、この主張を増幅させるために複数の記事を掲載した。
2カ月遅れで開幕した全国人民代表大会(全人代)では、習近平政権がいかに未曽有のコロナ危機に対する対応能力が高く、これを機に医療や科学技術イノベーションで協力し合う国際社会を形成する準備が中国にはあり、国家のガバナンスが重要だと強調。さらに、「香港国家安全法」の制定方針を採択した。また、継続して軍備増強も強調し、国防費は去年より6・6%多いおよそ1兆2680億人民元(日本円で19兆円余)を計上している。
国家安全法導入により、今年の夏から中国本土の法律が香港において適用され、国家分裂、政権転覆、テロ活動などに対する中央政府による直接取り締まりが可能になる。国家安全に関する機関が香港に設置される。この法律が世界の金融センターに今後どのようなインパクトを与えるのか、また、この法に対する米国の対中措置が注目されている。
中国は今後、この法律を批判する我が国、台湾、英国や欧州各国に偽情報戦を仕掛けてくるだろう。中国政府はまた、2022年までに公的機関からの外国製IT製品完全排除を計画しており、こうした動きも忘れてはいけない。
今週、国連のグテーレス事務総長は、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、医療機関を狙ったサイバー攻撃が急増しているとして、安全保障理事会に対応を求めた。既に今年1月には中国・武漢でコロナウイルスの流行が危機的なレベルに達し、国が支援するハッカー集団が国外の医療企業や主要産業を狙った攻撃を開始した。軍事施設や石油・ガスの標的も攻撃している。
同時に仮想デスクトップ、クラウドコンピューティング、ネットワークアプリケーションの脆弱(ぜいじゃく)性を標的にした「広範な」攻撃が行われた。
現在、前例のないレベルのリモートワークや生活は、サイバー攻撃の増加にもつながっており、特に偽リンクや電子メールを使って個人を標的としたフィッシング攻撃が増加している。国家的なハッカー集団からすれば、この新たな脆弱性と環境を一気に利用する好機会だ 。
情報空間は現在に至るまで、権威主義的な影響力と干渉のプラットフォームとして機能している。ロシアはこの筆頭者であり、ソーシャルメディアを駆使し国家の報道機関を利用して事実と虚構の区別を曖昧にしている。
特別対策本部の設置を
中露の結託による情報戦に対処するタスクフォースの設置が急がれる。少数の専門家で構成し、毎週分析を行い、情報を監視し、国民の間で意識を高め、意思決定者に情報を提供すべきだ。このような中露の姿勢には、緊急かつ個別の対応が必要であり、特別対策本部の設置が必須だ。
(にった・ようこ)