ベネズエラでの米露代理戦争

ロシア研究家 乾 一宇

政権と一蓮托生の軍高官
制裁強化受けドル抜きで貿易

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 民主主義が問われる時代になっている。その一つ、主権者は国民として、一応選挙には参加している。一方、その選挙が法の下に正当に行われているかが問題とされる。選挙は内政事項で外国は不干渉の原則にもかかわらず、外国が深く関与することがある。最近、ベネズエラで起こっている事象について考えてみたい。

 米露が政治面に関与していること、およびその波及としてドル決済に対する挑戦が裏面にある。後者は、米中覇権争いで中国が一方の主役かもしれないが、ロシアも関係している。

前大統領から反米路線

 “アラブの春”以降の中東での米露の争いの記事は、目にすることが多い。この代理戦争が南米でも起こっている。ベネズエラはチャベス前大統領以来、反米のキューバから経済・医療支援を受け、情報機関もその指導を受け、社会主義・反米路線を走っている。民間企業や農業の国有化を進め、米系石油会社を追い出している。だが、道半ばで白人系の企業がそのままで、頼みの原油価格低迷で悲惨な経済状態にある。アメリカの経済制裁を受けイラン同様、3年前から原油・ガスを米ドル以外の通貨で売り始めた。

 昨年5月ベネズエラで、任期前の前倒し大統領選挙で約523万票(約68%)の得票数を獲得し、再選されたニコラス・マドゥロ大統領が、本年1月10日、大統領就任式を行った。だが、その「選挙は広範な国民の参加を欠く等、選挙プロセスの正当性につき国際社会から広く疑義が呈され」(11日の日本外務省報道官談話)たとして、ベネズエラ野党のみならず国際社会も選挙の正当性に疑義を表明した。

 野党のフワン・グアイド国会議長(1月5日就任)は、1月10日をもって大統領が不在となったので、憲法233条2項に基づき、23日、暫定大統領を宣言(ただし最高裁判所は宣言却下)し、日本を含む52カ国が暫定大統領を承認した。

 選挙の正当性をめぐり、アメリカとロシアがそれぞれを支持して異例の事態になっている。現段階では、マドゥロ現大統領が国内を統治しており、政権を維持している。中南米諸国の大半がグアイド氏を支持、ロシア、中国、キューバ、イランがマドゥロ氏支持である。

 4月30日にグアイド氏と野党指導者レオポルド・ロペス氏は国民や軍に蜂起を呼び掛けたが、直ちに鎮圧された。ロペス氏はスペイン大使館に(彼と妻はスペイン人の子孫)、参加した兵士25人はブラジル大使館へ逃げ込んでいる。蜂起前、野党指導者らは、パドリノ国防相や軍高官に「これまでのことは罪に問わない」と誘いをかけたが、国防相らは応じなかった。

 これらを背景に二つのことを指摘しておきたい。

 第一は、なぜ軍が現体制を支持しているかである。軍高官は、もし反対派が政権を取れば、これまでの汚職などの所業を理由に裁判にかけられ有罪、悪くすれば命の危険もある。大統領と一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係だ。

 政権を握っている側は、それだけで強い。経済がさらに悪化して市民が暴徒化しない限り、軍も政権寄りを保つだろう。マドゥロ政権はグアイド氏を「生かさず殺さず」で適度に締め付け、反対派をあぶり出すのが得策である、とも考えている。

元やルーブルで決済へ

 第二は、アメリカの制裁強化を受け、ドル決済ができなくなっている。それを逆手に取って中国やロシアなどとドル抜きで貿易しており、米ドルが他の通貨・方法に取って代わる誘いの一歩になるのかもしれない。中国は元決済を実施し、ロシアはルーブル決済を検討している。ロシアはアメリカ財務省証券(米国債)の大半を売却、中国は買い増しを控え、金の購入量を増加させている。ロシアはクリミア併合による制裁後、金購入を加速(保有量2183トン)、中国(約1900トン)より金保有量は多い。

 6月の習近平中国国家主席訪露時、両国が戦略的な同盟関係にあることを確認、さらに貿易の支払いや決済を両国の通貨で行うことで合意したという。経済制裁はベネズエラを直撃しているが、思わぬ副産物としてドルを弱める可能性の一つとなるのかもしれない。

(いぬい・いちう)