米国の防衛姿勢と同盟国

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

80年代は日米西欧が結束
団結こそが最も効果的抑止力

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 トランプ米大統領は17日、米国の新ミサイル防衛戦略を発表した。極超音速ミサイルの開発、大陸間弾道ミサイル(ICBM)迎撃用戦闘機発射型ミサイル、宇宙配備型のミサイル迎撃装置など、ロナルド・レーガン元大統領の「スター・ウォーズ」を彷彿(ほうふつ)させる野心的な防衛システムである。

 一方、アメリカ政府はロシアの9M729ミサイルが1987年に締結された中距離核戦力(INF)全廃条約に違反しているとしロシアが同ミサイルおよび発射台を廃棄しない限り条約から離脱すると宣告している。射程500~5500キロの地上発射型弾道・巡航ミサイルの開発・配備を禁止した条約は、レーガン氏とソ連のゴルバチョフ書記長(当時)の間で締結され、冷戦終結に大いに貢献した。しかし、米露間の条約であるため両国の核・ミサイル開発・配備を制限しながらも、中国をはじめとした他の核・ミサイル保有国を制約しない、というのもアメリカが離脱を求める大きな理由とされる。

 技術の向上とともに米ソの核開発・配備が進み、核兵器は広島・長崎に投下されたものの何百倍もの破壊力を持ち、もし核兵器が一つでも使用されれば、世界中が滅亡するといわれるまでになった。60年代には核保有国が核を使用しない保証は、一国が核を使用すれば他国も使用することによって互いが滅亡する相互確証破壊となった。

 互いの核兵器の数を増やし、性能を上げることにより脅威を増すことで抑止力を高めたが、これに対しレーガン氏が提案したのが、戦略防衛構想(SDI)いわゆる「スター・ウォーズ」である。タカ派といわれたレーガン氏は実は核全廃を夢見ていた。宇宙に核兵器からの防衛網を築き、ソ連もその網の中に入れると提案することで米ソの核全廃のインセンティブとしようとした。

 今80年代の状況が再現されている。レーガン氏がSDIを発表したとき、多くがハリウッド俳優で科学の知識もない大統領の構想を非現実的と蔑(さげす)んだ。しかし核戦争を防ぐ一つのアイデアとして、また同盟国の結束、そしてこの構想が生むであろう科学技術開発促進、さらにはその結果としてのビジネスの活用をにらみ、側近や同盟国が賛同した。中でも最も近い同盟国指導者であり、科学者でもあったサッチャー英首相(当時)の後押しは重要であった。

 一方、70年代後半にはじまったINF条約交渉が成功したのは、北大西洋条約機構(NATO)および日本とアメリカの結束あってのことであった。アメリカ政府はINFの射程範囲にあった西ヨーロッパと日本に米ソ交渉の進展を報告しただけでなく、レーガン氏は主要国に特使を送り、意見を聴取していた。

 ソ連は期待したようにINF交渉をめぐって西側同盟が分裂せず、実現するかもしれないスター・ウォーズでは技術的・経済的に対抗できず、アメリカとその同盟国と冷戦を続けることの限界を悟った。

 当時と今では状況は同じではない。核保有国は増え、中でも中国の躍進はめざましい。対戦艦弾道ミサイルや巡航ミサイルを開発し、アメリカの空母も攻撃可能となった。その上、武器をはじめあらゆるハイテクを操る通信機器分野での技術革新、市場シェアの大幅な拡大は脅威となっている。

 一方、ロシアは当時のソ連ではない。経済力は停滞したままであるが、プーチン大統領の下、過去の栄光を取り戻そうとする意欲は並大抵のものではない。昨年3月には極超音速滑空兵器アバンガルトを発表したが、音の5倍のスピードがあり、従来の弾道ミサイルより低空飛行をし、機動性があるためアメリカの既存のミサイル防衛システムでは太刀打ちできない。

 しかし、何といっても異なるのはアメリカの姿勢ではないだろうか。当時、ソ連の中距離核ミサイルは西ヨーロッパや日本を標的にしたが、アメリカに届くものではなかった。にもかかわらずアメリカは同盟国を守るため、同盟国と協議し、同盟国の見解を考慮した。今のアメリカ政権は違う。トランプ大統領はミサイル戦略発表時、これはアメリカを攻撃するミサイルを察知し破壊するため、アメリカを守るにはアメリカが強いのが一番、と述べた。レーガン氏のSDIはアメリカと同盟国を守るものだった。

 またICBM迎撃用戦闘機発射型ミサイルや宇宙配備型のミサイル迎撃装置は、明らかにロシアや中国の核や弾道ミサイルの脅威に対抗するものである。北朝鮮やイランの短・中距離ミサイルが対象ではない。トランプ大統領は北朝鮮の核の脅威は去ったと述べ、アメリカに守られている非常に裕福な国はアメリカに費用を払い戻すべきだ、とも言う。イランのミサイルは欧州に届くが、それが運ぶ核の開発を一時的といえども停止した核合意から離脱した。同盟国は二の次という印象は免れない。

 SDIと同じく宇宙でのミサイル迎撃も技術だけでなく費用の面からも実現の可能性は明らかでない。敵の攻撃を防ぐための手段は自国だけを守る夢を描くのではなく、ともに脅威と戦うために技術を持ち寄り、費用を分担し合い、同盟国との団結をこそ最も効果的な抑止力とすべきではないだろうか。

(かせ・みき)