ベルリンで三大一神教の「一つの家」建設計画
宗教間の寛容と共存象徴
ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教を一つの屋根の下に集めた「一つの家」建設計画がドイツの首都ベルリン中心部のペトリ広場で進行中だ。ユダヤ会堂(シナゴーク)、キリスト教会、そしてイスラム寺院の各宗派の建物機能を象徴的に内包し、互いに中央集会所に連結するという野心的なプロジェクトだ。
(ウィーン・小川 敏)
来年4月に定礎予定
劇詩「賢者ナータン」初演にちなむ
「一つの家」建設計画の発端は、ベルリンのペトリ広場で中世以降の複数の教会の遺跡が発掘されたことから始まる。その遺跡の跡に宗教間の対話と共存を象徴する建物「一つの家」を建設する計画(ペトリ広場の祈りと学ぶ家)が9年前、宗教関係者から出てきた。最初の予定より少し遅れたが、2020年4月14日に「一つの家」の定礎を行うことになっている。
その4月14日は、ドイツの詩人、劇作家ゴットホルト・エフライム・レッシング(1729~81年)の劇詩「賢者ナータン」がベルリンで初演された日(1783年4月14日)に当たる。同戯曲は宗教間の寛容と対話を描いた寓話だ。
劇詩の舞台は12世紀。十字軍時代のエルサレムのスルタン、サラディーンはユダヤ人の富豪で賢者の誉れ高かったナータンから軍事費を調達しようとして難問を出す。「ユダヤ教とキリスト教、イスラム教のどれが真実の宗教か」だ。
賢者ナータンは答えに窮した。その時、商人の家で代々、家宝の魔法の指輪を最愛の息子が譲り受けていた、という話を思い出し、サラディーンに聞かす。
商人は3人の息子をいずれも愛していたから、家宝の指輪と模造した二つの指輪を準備し、3人の息子に与えた。父親の死後、3人の息子の間でいずれの指輪が本物かで争いが起きた。息子たちは裁判に訴えた。
裁判官は、三つの指輪が見分けが付かないほど似ているのに気が付き、3人に「各々は自身の指輪を本物と信じるがよい、そうして本物の指輪が持つ魔法の助けを受け、誰からも愛されるようになるように努力せよ」と助言した。この寓話を聞いたサラディーンは納得し、ナータンから金を取ろうとした自分を恥じる。最後は、サラディーンを含むすべての関係者が親族関係だったことを知ってハッピーエンドを迎える。
「一つの家」の建設期間は3年、工費は4300万ユーロ(約54億円)以上と見積もられている。
ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の三つの唯一神教はアブラハムを「信仰の祖」としている。発生順にいえば、キリスト教とイスラム教はユダヤ教の教えを土台としている。「モーゼの十戒」の教えは表現の違いはあるがキリスト教やイスラム教の聖典にも記述されている。
ユダヤ教の「ヤウエ」、キリスト教の「父」、そしてイスラム教の「アラー」もその表現は異なるが、三大唯一神教はこの宇宙を含む森羅万象を創造した神を崇拝し、偶像崇拝を忌み嫌い、多神教を否定している。
歴史を振り返ると、3宗派間の対立が理由で紛争や戦争は現在まで繰り返されてきている。十字軍戦争しかり、イスラム過激派テロしかり、3宗派は自身が信じる神を掲げて、他の神を信じる者たちを追放し、弾圧してきた。
そこで原点に返ろう、という動きは過去にもあった。最近では、世界最大宗派、ローマ・カトリック教会の最高指導者フランシスコ法王がパレスチナ自治政府のアッバス議長とイスラエルのペレス大統領をローマに招き、和平実現のために「祈りの集い」を開いたことがある。
また、世界的神学者ハンス・キュンク教授は、キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる「世界のエトス」を提唱している。それらの試みはある一定の成果をもたらしたことは事実だが、残念ながら宗教・宗派の壁をブレークスルーするほどのインパクトには欠けていた。
「一つの家」が強風が吹けば壊れてしまう家となるか、嵐にも負けない強固な家となるかは、そこに住む住人たちの責任に掛かってくる。