驚くべき海軍増強ペース

米中新冷戦 第3部 識者インタビュー (16)

米戦略予算評価センター上級研究員 トシ・ヨシハラ氏(下)

中国は米国に代わる世界の超大国の座を目指しているのか。

トシ・ヨシハラ氏

 

 少なくとも中国は米国をアジアから排除しようとしていることは確かだ。習近平国家主席が掲げる「中国の夢」は、正当な歴史的地位を取り戻し、アジアの中心になることを目指すものだ。これは、中国が東アジアで支配的なパワーとなることを意味し、すなわち米国の影響力縮小を意味する。

 中国が米国をどこまで押し出そうとしているかは、はっきりしない。グアムまでかハワイまでか。ただ、グローバルパワーになるには、まず支配的な地域パワーになる必要がある。米国もまず西半球で支配的なパワーになれなければ、グローバルパワーにはなれなかった。従って、中国のアジアの野望は、グローバルな野望に向かう重要なステップだ。

米中の軍事バランスをどう見る。

 中国は驚くべきスピードと規模で海軍を増強している。私の推計では、2007年時点で中国の近代的な水上戦闘艦は10隻以下だったが、その数は10年後の17年までに80隻を超え、昨年末までに90隻を超えた。

 これほどの海軍増強は1930年代以降、見られなかったものだ。大規模な海軍増強が頻繁には起きないのは、多くの資源と強力な意志を要するからだ。中国には明らかにその両方がある。とりわけこれが問題なのは、海軍増強は歴史的に「大国間競争」のみならず、「大国間戦争」の前兆になってきたからだ。

 対照的なのが米軍だ。資金の面で、海軍だけでなく米国の利益を守るために必要な戦力を強化することさえ苦慮している。

 海軍艦艇数を数えるだけでなく、中国という地域パワーと米国というグローバルパワーの比較もしなければならない。中国は海軍力の大半を自国の裏庭に投入できるのに対し、グローバルパワーの米国がアジアに投入できる戦力はごく一部だ。米国はより多くの艦艇をアジアに配備する計画だが、それでも全体のごく一部にすぎない。しかも、中国は既に、幾つかの指標で世界最大の海軍だ。

習近平政権が台湾への軍事侵攻に踏み切る可能性は。

 中国はさまざまな声明で、台湾問題を永遠に未解決にしておくつもりはないと主張している。習氏も、人民解放軍は台湾統一の任務を果たす能力を持たなければならないと言っている。南シナ海や東シナ海、インド洋で起きていることも大切だが、台湾の重要性を決して忘れてはならない。人民解放軍の最重要任務は依然、台湾統一だ。そのシナリオに焦点を当てて組織編成や訓練、演習、近代化を進めている。

 習氏が侵攻に踏み切るかどうかだが、全面的な着上陸侵攻は大きな犠牲を強いられ、成功させるのは容易でない。だが、大規模侵攻以外にも、ミサイル攻撃や海上封鎖などの方法がある。ミサイル攻撃では、台湾の政治指導者を殺害するだけでなく、軍事基地など重要インフラを破壊し、台湾の防衛意志を引き裂くことを狙っている。

 中国はこれに「政治戦」を組み合わせるだろう。世論工作によって台湾の議論を誘導するとともに、エリート層や民間人の抵抗する政治的意志を挫(くじ)いて降伏させる、あるいは取引に応じさせようとするだろう。

台湾陥落は日本の敗北

武力攻撃に至らない中国の「グレーゾーン」戦術にも警戒が必要だ。

 中国はグレーゾーン活動を通じ、米国とその同盟国に圧力をかけようとしている。中国は「ハイブリッド戦」、つまり海警局や漁民、民兵といった非軍事的要素を用いることで、いわゆる(既成事実を積み重ねる)「サラミ戦術」が可能になり、尖閣諸島や南沙諸島などで戦争せずに領土的目標を達成しようとしている。純粋な軍事バランスだけでなく、非軍事バランスも考慮に入れなければならない。

中国を抑止する上で、日本の役割をどう見る。

 日本はその地理的位置を活用できる。日本の四つの大きな島(北海道、本州、四国、九州)と南西諸島は、中国の海洋の野望をブロックする自然の位置にある。日本が既に進めている南西諸島の軍事化は、東シナ海の監視能力を高めるとともに、南西諸島への対艦ミサイル配備を可能にする。中国は接近阻止システムを配備しているが、日本自身も中国の海洋アクセスを拒否する接近阻止システムを配備できる。

 これは有事のシナリオだが、平時に日本が第一にすべきことは、米国との緊密な協力関係を維持することだ。また、台湾とも緊密な関係を構築すべきだ。台湾は日本の安全保障にとって、南のアンカーだ。万一、台湾が中国の支配下に落ちれば、中国は日本のシーレーンを締め付けることが可能になる。これは日本にとって劇的な地政学的敗北だ。日本がいかなる形でも台湾との関係を強化することは、中国を抑止する上で重要になる。

 また、ベトナム、フィリピンへの艦艇派遣や豪州、インドとの軍事関係強化といった活動はすべて、前線国家が集団で中国に対抗するネットワークの構築につながる。中国がそれぞれの国と個別に向き合えば、中国が圧倒的に有利だが、集団的なカウンターバランスには勝てない。

 これは中国の大きな弱点の一つだ。同盟協力と多国間協力は、中国を抑止するカギであり、日本は前線国家との協力強化をもっと進めるべきだ。

トランプ政権の北朝鮮政策と対中政策に関連はあるか。

 関連している。興味深いのは、昨年の米朝首脳会談前の動きだ。習氏は就任から5年間、北朝鮮の金正恩氏と直接会談したことがなかったのに、突如、会談を持った。正恩氏に対するトランプ氏の働き掛けが、中国を驚かせたのだろう。米国は中国と関係なく北朝鮮と独自の関係を築こうとしていると、中国に映ったわけだ。

 中国は北朝鮮を重要な属国とみている。戦略的な緩衝地帯であるだけでなく、イデオロギーの緩衝地帯でもあるからだ。北朝鮮カードを使って、中国を驚かせ、不安を抱かせることは悪いことではない。核問題が北朝鮮に関与する最大の理由ではあるが、中国も念頭に入れておく必要がある。

 中国との競争は包括的だ。貿易、台湾、南シナ海、イデオロギー、北朝鮮と、すべてが中国との関係の中でパッケージになっている。

(聞き手=編集委員・早川俊行)