重要性増すインドの役割

米中新冷戦 第3部 識者インタビュー (23)

米ハドソン研究所研究員 長尾賢氏

米中対立の中でインドの役割をどう見る。

長尾賢氏

 ながお・さとる氏 1978年、東京都生まれ。学習院大学で博士号取得。海洋政策研究財団研究員、米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、東京財団研究員などを経て現職。専門はインドの軍事戦略、日米印安全保障協力。

 インドの存在は、日米にとって中国との軍事バランスを維持する上で有益な側面が三つある。一つは、日米から見ると、インドは中国の裏側に位置する。インドが中印国境で軍を増強すれば、中国はインド側にも国防費を分散させなければならず、東側に使う国防費が減ることになる。つまり、中印の国境問題は、東シナ海、南シナ海の海洋問題と連動しているのだ。

 二つ目は、インドが海軍を増強し、インド洋の安全保障でより大きな役割を担うようになれば、米国の負担が軽減され、結果的に東・南シナ海の海洋問題で日米を助けることになる。インド洋の安全保障もやはり東・南シナ海と連動しているのだ。

 三つ目は、東南アジアでの連携だ。各国がバラバラの東南アジアは、中国が最も力を伸ばしやすい地域といえる。これに対し、インドはあまり知られていないが、東南アジアで武器の部品供給、修理、ノウハウ提供など防衛協力をかなりやっている。日米は東南アジア支援でインドとの連携が可能だ。

インドは日米と連携することをどう考えているのか。

 中国と問題を抱えるインドは、日米と手を組みたい。長期的には絶対に日米との協力が必要になる。だが、それを目立つ形でやってしまうと、中国の軍事力をインド側に引き寄せてしまう。だから、性急に動くことは必ずしも得策ではない。

 一方で、インドは英国統治時代の経験から、安全保障は自分で決めなければいけないという意識が非常に強い。米国の同盟に加わることはプラスでも、北朝鮮への敵基地攻撃能力を持たない日本のようにはなりたくない。参加したくない戦争に加わることも避けたい。

 ただ、安全保障は自分で決めると言いながら、インドは兵器をロシアに依存している。ロシアの支援がなければ軍を動かせない。だから、ロシアをあまり刺激したくない。

 インドは日米と協力したいのが本音だが、タイミングを見ながら目立たないように動いている状況だ。

具体的にどのような協力が可能か。

 例えば、機密情報の共有だ。日印は既に、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)に似たものを結んでいる。また、自衛隊とインド軍が燃料や弾薬を融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)の交渉もしているところだ。こうした協定をいくつも結ぶことで、自動的に関係が深まる。

 現在のモディ政権になってから、こういう話がどんどん進み、インドは日米に大きく近づいた。モディ政権は実際、中国シフトで動いており、部隊を中国国境に移動させつつあるほか、インド洋強化もはっきり進んでいる。

 インドとの協力関係は、正式な同盟でなくても構わない。ある程度協力が深まるだけで、中国は脅威に感じ、対中戦略として機能する。従って、米国はインドを非常に有望視している。トランプ政権が「インド太平洋」という言葉を使うのは、インドを巻き込もうとしているからだ。

異常な中国のインフラ支援

スリランカが中国の借り入れで港湾を整備したが、返済不能に陥り、中国国有企業に99年間の運営権譲渡を余儀なくされた。

 中国の利子が高すぎる。世界銀行やアジア開発銀行の利子は0・25~3%だが、スリランカの場合は最終的に6・3%まで上がった。返済に400年かかるという。返せない場合は借金の期限を延長したりすることもよく行われるのだが、中国は港湾の運営権を99年間も取ってしまった。まともな支援ではない。

 これはスリランカだけの話ではない。ジブチ、キルギス、ラオス、モルディブ、モンゴル、モンテネグロ、パキスタン、タジキスタンといった国々も、中国からの借金が深刻な水準に達している。

 スリランカと対照的なのがカンボジアだ。カンボジアも中国から多くの借り入れをしているが、フン・セン政権が続く限り、返せとは言われない。中国は反対派を潰す非民主的なフン・セン政権の下で影響力が高まることを歓迎している。

中国は最初からスリランカを借金漬けにして港湾を奪う意図があったのか。

 金利を考えれば、いつ返済不能に陥るか分かっていたはずだ。最初から港湾を奪うことを計画していたかどうかは分からないが、そのチャンスを狙っていた可能性は高い。

 中国は安全保障を非常に重視しており、インフラ整備も戦略的に進めている。中国が整備を支援した港湾をつないでいくと、マラッカ海峡を回避する迂回ルートになる。中国はマラッカ海峡への依存度を下げることで、安全保障を確立しようとしているのだ。

インド周辺国にインフラ投資する中国の動きを、インドはどう見ているのか。

 極めて深刻に捉えている。南アジアを自分の縄張りと思っているインドからすると、パキスタン、スリランカ、バングラデシュなどで港湾や空港を整備する中国の「真珠の首飾り戦略」は、インドを戦略的に抑え込もうとしていると映る。インドはこれに強く反発している。

(聞き手=編集委員・早川俊行)