サイバー諜報に米が激怒

米中新冷戦 第3部 識者インタビュー (22)

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田容子氏

中国に対する制裁関税など、知的財産をめぐり米国側の被害感情がかなり強いが。

新田容子氏

 にった・ようこ氏 日本安全保障・危機管理学会上席フェロー。インテリジェンスおよびロシア担当。2016年2月まで防衛大学客員研究員。専門は主にロシア、欧州、米国、中国、北朝鮮の情報戦争とサイバーセキュリティー。米、英、仏、独と連携するサイバーG5(知的所有権窃盗等)専門家会合の委員。

 米通商代表部(USTR)は昨年3月、米通商法301条に基づき、中国の不公正な貿易慣行に関する調査報告書を出し、11月に改定した。表向きは貿易摩擦の是正に関するものだが、核となるのは中国のサイバーエスピオナージ(サイバー空間の諜報〈ちょうほう〉活動)についての詳細なリポートだ。

 中国が原因で、米国も国家戦略として安全保障と産業が一体にならざるを得ない。USTRも国務省や国防総省から調査依頼の打診があったとき、自分たちは貿易機関なので躊躇(ちゅうちょ)したという。昨年3月にボストンであったサイバー関係の国際会議ではUSTRのセッションがあった。企業と政府の信頼関係があまりない米国で、情報技術(IT)企業を一つ一つ訪問し、長期間かけて調査した苦労話も披露された。

 サイバー空間で大変なことが起きているという怒りで、共和党も民主党も“チャイナパニック”になった。

サイバー空間の一番の問題は何か。

 サイバー空間には規範がないことだ。どのように管理するかという最初のところ、入り口ができてない。一昨年、国連サイバーGGE(政府専門家グループ)に各国のサイバー担当大使が集まり、規則や規範、レッドラインなどを決めようとしたが、決裂した。何年も議論してきたにもかかわらずだ。

 国が情報を統括する中国やロシア、民主主義と自由の恩恵にあずかる米国、日本、欧州連合(EU)とで線引きされ、折り合えない。

国家統制の強い国が有利では。

 中国は国家安全法ならびにサイバーセキュリティー法を作った。大問題だ。中国でビジネスをする企業の情報はすべて登録を強いられる。半導体など知的財産もすべて見せて登録する。ありとあらゆる手段で情報を抜いている。

 中国共産党にはユナイテッド・フロント、「統一戦線工作部」という名の組織があり、海外向けのインフルエンス・オペレーション(影響工作)を担っている。サイバー部隊の数は十万とも言われるが、本当の数は分からない。ただ、相当な数で動いているはずだ。また、予算付けがすごい。

中国の先端技術開発が進んでいる。

 人工知能(AI)は今、中国が米国を追い抜こうとしている。この分野で中国に抜かれてしまうと軍事、経済などなし崩しになるため、米国も躍起になっている。

 サイバー攻撃で、大変な懸案事項がもう一つある。クォンタム(量子)コンピューティングだ。この研究開発に中国は莫大(ばくだい)な予算を掛けている。自分たちがサイバー攻撃を行ったことを絶対に割り出せないようにするためだ。現在のネットは、サイバー攻撃をすると必ず跡がつく。だが、クォンタム・コンピューティングで跡は消せる。米国はこれについても非常に脅威に思っている。

進む中国製5G排除

米中の覇権争いの行方をどう見るか。

 中国はAIを制し、クォンタム・コンピューティングを制するつもりでやっている。共産圏の強みは一党支配だ。習近平国家主席は「中国製造2025」を掲げた。彼が言ったことは絶対にやる。そのつもりで真剣にやっている。

 米国との貿易戦争で中国経済の低成長は現実のものになっているが、「中国製造2025」は習体制の柱の一つであるため、譲歩できない。

 国家資本主義でどこまでやれるのかという話だが、それは現実的ではないという見方も多い。中国はそこを崩したいわけだ。

 中国は「一帯一路」で、途上国に積極的に投資をしている。特に陸路(一帯)では、いろいろな国でインフラ整備をしているが、その設備に情報デバイスを埋め込むのは、情報窃盗が目的だ。

 ファーウェイ、ZTEなどの中国製品で被害が出る大きな懸念があり、米国の安全保障政策に関わる政府高官の間では誰一人として使用を許されていない。オーストラリア、米国などでは、第5世代移動通信システム(5G)から中国企業排除の動きが進んでいる。当然の流れであり、原理原則の問題だ。

 ファーウェイ社の創業者が躍起になって製品の安全性を説いているが、彼は人民解放軍出身であり、党とのつながり、党への畏敬の念を抱いていると公言している。これは中国本国への忠誠を誓うものだ。党からの命令には絶対服従の姿勢を崩さない。党は情報窃盗を権威主義体制で貫く。

サイバー問題で米中戦争が起きる可能性はあると思うか。

 すでに米中間でサイバー戦争は起こっていると言える。昨今でもサイバーセキュリティーの会議で、アームズ・コントロール(軍備管理)のセッションが出てきている。

(聞き手=編集委員・窪田伸雄)