米の譲歩目立った米朝会談

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

耳を疑う軍事演習中止
非核化へ厳しい対応崩すな

 米朝首脳会談は、世界の耳目を集めたものの、具体性のない原則合意の共同声明に終わり、朝鮮半島の非核化の「大きな前進」を期待した向きには、意外な結果となったのではないだろうか。北朝鮮の「揺るぎ無き非核化への決意」を米朝首脳間で謳(うた)い上げたことはそれなりに認めるものの、決意自体は南北首脳会談で既に表明されたことの繰り返しで、新鮮味があるわけではない。前回指摘したように、長丁場の交渉になるであろうことはある程度予測できるところであるが、今までの経過では米側の譲歩のみ目立ち、「非核化を求める毅然(きぜん)たる対応」「成果を早期に求める」とした、事前の態度はどこに行ったと疑わせる状況である。特に米韓軍事演習の中止を決定したことは、軍事的側面からは耳を疑う譲歩である。

 今回中止が決まったのは、8月実施予定であった「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」(UFG)であるが、本演習は通常「ウォーゲーム」と呼ばれるコンピューター主体の演習であり、各級指揮官、司令部要員の訓練が主目的である。米韓軍はこのほか「キーリゾルブ」と言われる指揮所演習、「フォールイーグル」と言われる実働演習を定期的に行っており、これらは平昌五輪の関係から時期を調整したものの、実施され、金正恩委員長も継続実施の必要性を認めた旨、報道された経緯がある。

 軍事組織の平時の運営は、起こり得る軍事的摩擦、紛争に対して十全の準備を行い、対応計画(作戦計画)を整備し、これに基づく所要の訓練・演習を実施し、即応体制を維持することが大きな流れである。今回のUFG演習は、実働演習に比し外示性も小さく、指揮官・幕僚クラスの演練が主体であり、中止の政治的効果も疑わしい。

 むしろ問題は演習の質はともかく、北朝鮮への顕著な譲歩を軍事において示したという芳しくない結果を与えてしまったと考えている。UFGに加えて海兵隊関連演習の中止も公表されたが、米韓連合軍将兵の戸惑いに深く同情する。

 ここで6カ月前の状況を考えてみたい。北朝鮮の「願望」は、おおむね完成した核弾頭および長距離ミサイル保有という実績を背景に、米国による「北朝鮮敵視政策の転換」「核保有国として対等の立場での米朝首脳会談」「朝鮮半島からの外国軍事力(在韓米軍)撤退」といった諸点であった。他方、北朝鮮の核開発を非難する国際社会の動きは厳しく強力な経済封鎖を行う国連安保理決議が、頼みの中露を含む全員一致で採決され、これに基づく効果が顕著となり、国家経済が成り立たなくなる見通しに至ったと認識する。この状況を打開するため「将来の非核化」という目標を打ち出して、一挙に国際環境の好転を図ったのが実情である。

 ここで、米国をはじめとする国際社会の取るべき態度について考えてみたい。まず第一は、核拡散防止に対する毅然たる態度、強い意志であることは当然である。世界は核拡散防止条約(NPT)を主軸に、新たな核保有国の排除、拡散防止に努めていると言ってよい。NPTは核拡散防止の唯一の国際条約であり、これを根拠に拡散防止・核軍縮といった経路を目指すべき国際合意である。特に北朝鮮が原子炉導入当初から、輸出元の旧ソ連を欺き、秘密裏に核開発を進め、露見するやNPTを脱退するという国際社会を裏切る行為を重ねてきたことは、忘れてはならない。

 第二点は米国の言う「ならず者国家」であることの認識である。北朝鮮はイラン、ベネズエラと並んでならず者国家に指定されている。いわく「人権抑圧」「テロ支援」「大量破壊兵器拡散」等、国際社会から非難を浴び続けている特異な存在である。その他、国家的密輸、わが国への密入国、マレーシアでの金正男殺害事件、国家的な拉致事案等その悪事は枚挙に事欠かない。こうして見ると、今回の米朝首脳会談は行うべきではなかったし、非核化への対話努力として認めても、軍事演習の中止や在韓米軍問題まで話題に上るようでは、あまりにも与えてはならないものを与えてしまったという懸念が強い。

 近日中に米朝首脳会談の声明を受けて高級レベルの折衝が行われるようであるが、「オバマの失敗は繰り返さない」「先に譲歩して結果を待つやり方は取らない」と高言して米朝会談に臨んだ米国の原点に立ち返って、国際社会が納得する非核化への道のりを確立してほしいものである。

 わが国の対応も、当然非核化が実績を上げない限り、安保理決議に基づく毅然たる対応を崩してはならない。また、軽水炉転換事業で、経費の30%を負担するといった過去の甘い対応を繰り返すようなことは避けなければならない。拉致問題を絡めて前のめりの主張をする向きもあるが同意できない。本来、非核化問題は国際社会全体の動きの中でとらえるべきものであり、長丁場の努力を要する。

 他方、日本人拉致問題は別個の国家的犯罪であり、その一部は金正日時代に認めているところである。米国の力を借りて解決しようとする態度が顕著であるが、それでは他人任せの取り組みで厳しさを欠く。本件は機会を見つけて所信を披露したいが、わが国の公安、治安、調査の全能力を上げて動かぬ証拠を積み上げ、国際司法の場でもっと激しく追及すべき事項と考えている。

(すぎやま・しげる)