多様な根深い差別を抱える米国
アメリカンエンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
テニスの四大大会の一つである全豪オープンの準決勝で大坂なおみが女子テニスの女王、セリーナ・ウィリアムズを負かした。次の女王が誕生した、とみるとともに、セリーナなくしては大坂がこの場に立っていなかったかもしれないとも評された。
大坂にとってセリーナは目標となる憧れの人であるだけではない。グランドスラム23勝というすばらしい成績を上げてきたセリーナだが、アメリカでも醜い差別的なコメントや風刺画は後を絶たない。テニス発祥の地ウィンブルドン大会が四大大会としては最後に優勝賞金を男女同額としたのは、05年に優勝した姉のビーナスの大会関係者への一言が新聞に載ったことが貢献した。黒人とアジア人のハーフの女性である大坂が、目立った人種差別を受けず、四大大会の優勝賞金が男子と同額であるのは、ウィリアムズ姉妹他、先駆者の長い戦いの賜物(たまもの)である。
意識せずに差別的言動
東京五輪・パラリンピック組織委員会会長(当時)森喜朗の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言が、アメリカのメディアや国民、そして政府からも強く批判された。
世界ジェンダー・ギャップ報告書で153カ国中121位というランキングが示すように、日本の性差別が深刻なのは間違いない。しかし、アメリカの反応は単なる批判ではない。アメリカのランキングは53位。決して誇れる数字ではなく、アメリカが抱える差別が深刻であり、戦いが辛く長いからこそ、問題に敏感であることの表れでもある。
ピュー・リサーチ・センターのアメリカで働く女性を対象とした調査(17年12月)によれば、42%が職場で性差別がある、と回答した。中でも、同じ仕事をしながらの賃金格差、有能ではないかのように扱われる、繰り返し軽蔑的な扱いを受ける、という指摘が多かった。別の調査では53%が言い寄られるなどの性的嫌がらせの経験がある(ABC/ワシントン・ポスト調査、同年10月)、35%が職場でのセクハラやいじめにあった(NPR/PBS/マルキスト調査、同年11月)と回答している。
16年の大統領選挙では、初の女性大統領間違いなしと多くが信じていたヒラリー・クリントンが負けた。理由がさまざま分析されたが、女性であったことも不利に働いたのは間違いない。
アメリカではこうした性差別以上に人種差別が深刻である。が、いずれの差別も差別する側は、差別をしていることに気付いているのだろうか。女性の耳には蔑視と聞こえる発言をする男性は、自分たちの言葉や態度が差別であるという認識が薄いことが多いようである。白人至上主義者には、人種差別者と批判されて驚く人たちもいる。しかし、そうした人々は、白人の世界に入ろうとする黒人、男性社会に入ってくる女性に対し、居場所をわきまえていない、と感じ、時にはいら立ちが爆発し、差別的発言が口をつく。
白人、クリスチャンが建国した国で白人もクリスチャンも減り続けている。黒人は社会制度の底辺にいる、いかに貧しくとも自分はその上と信じてきた白人にとっては、黒人大統領の誕生は、心を委ねてきた社会構造の崩壊に等しい。上記のピュー・リサーチの調査によれば、教育レベルが高い女性ほど職場で差別を受けるが、優秀な女性ほど男性の目に脅威と映るからだろう。
慣れ親しんだ社会の仕組みが変わることには、その恩恵を受けてきた人ほど抵抗がある。無意識にでも当然の既得権と思い込んでいれば、それを頑(かたく)なに守ろうとすることが、その既得権の無い人への差別とは思い付かないかもしれない。
心の奥底に潜む恐怖心
アメリカはこうした差別を克服しようと、公民権法を制定したり、積極的格差是正措置を導入したりしてきている。しかし、人々の心の奥底にある差別、その裏にある恐怖や自信欠如は容易に消えるものではない。
この苦渋の戦いの中から秀でた能力とカリスマ性に輝く、黒人とアジア人の混血女性が副大統領になった。やっとまた一つガラスの天井が割れた。差別が根深く、しかしそれと戦い続けるアメリカだからこそ、日本社会の差別を見る目も厳しい。(敬称略)
(かせ・みき)