LGBT外交の復活、異質な価値観を押し付け



《バイデンのアメリカ 先鋭化するリベラル路線(9)》

 バイデン米大統領は2月4日に国務省で行った就任後初の外交政策演説で高らかに訴えた。

 「米国が戻って来たと世界に伝えたい」

2月4日、ワシントンの米国務省で外交政策演説をするバイデン大統領(AFP時事)

2月4日、ワシントンの米国務省で外交政策演説をするバイデン大統領(AFP時事)

 トランプ前大統領が掲げた「米国第一」から多国間主義に回帰し、国際問題に積極的に関与していく決意を示したものだ。だが、途上国、特にアフリカ諸国では、別の意味で米国が戻って来たと受け止めた人も多いに違いない。

 別の意味とは何か。オバマ元政権が推し進めたLGBT(性的少数者)の国際的な権利向上、いわゆる「LGBT外交」の復活である。外交演説は中国やロシアに関する発言に注目が集まったため、大手メディアはほとんど報じなかったが、バイデン氏は次のように宣言している。

 「LGBT問題で国際的なリーダーシップを回復する。LGBTを犯罪として扱う動きと戦い、LGBTの難民や亡命申請者を守るなど権利向上に努める」

 バイデン氏はさらに、海外援助をLGBT外交のツールとして利用することなどを政府機関に指示する行政命令を出した。これは経済援助の条件として途上国に同性愛行為の非犯罪化などを迫ったオバマ政権の手法を踏襲したものだ。

 米国が超大国のパワーを振りかざし、保守的な倫理観を保つ途上国に同性愛を肯定する異質な価値観を押し付けるのは、弱い者いじめにほかならない。特に植民地支配された歴史のあるアフリカ諸国は、オバマ政権の脅迫的なやり方を文化的に侵略しようとする「文化帝国主義」だと激しく反発していた。

 このため、アフリカの宗教界はトランプ氏の再選を熱烈に望んでいた。各国の国家主権や伝統的価値観、信仰の自由を尊重するトランプ氏の姿勢を高く評価していたためだ。

 アフリカの宗教界では既にバイデン政権への警戒感が高まっているが、懸念を一段と強めたのは、国務省傘下の対外援助機関、国際開発局(USAID)のトップにサマンサ・パワー元国連大使が起用されたことだ。パワー氏はオバマ政権でLGBT外交を主導した人物の一人であり、パワー氏は海外援助とLGBT問題を露骨に紐(ひも)付けすると予想される。

 ナイジェリア・カトリック教会のエマニュエル・バデジョ司教は、USAIDはパワー氏の下で「アフリカの宗教的・文化的価値観に対し、思想的・文化的な襲撃を仕掛けてくることは間違いない」と、悲観的な見通しを示した。

 バデジョ司教は、オバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントン氏をこう酷評したことがある。

 「世界には3種類の人間がいる。神を信じる者、神を信じない者、自分を神と思う者だ。クリントン氏は自分を神と思う人間の一人だ。宗教的価値や信念はクリントン氏にとって大切でないとしても、それを変えろと要求する権利はない」

 バデジョ司教は、パワー氏に対しても同じ見方をしているに違いない。

 一方、アントニー・ブリンケン国務長官は、LGBT問題担当特使を任命する意向を示している。

 LGBT外交は米国の国益を促進するどころか、途上国の反米感情を助長する可能性の方が高い。中国との覇権争いが最重要課題である時に、そのような取り組みをする余裕があるのだろうか。

 「米中新冷戦」の激化に伴い、各国は米国と中国のどちらの陣営につくべきか選択を迫られている。歪(ゆが)んだ価値観外交は途上国を米国から遠ざけ、中国の陣営に追いやる一因になりかねない。

(編集委員・早川俊行)

=終わり=