トランスジェンダー擁護、女子スポーツの終わり
バイデン米大統領が就任した日、こんな悲鳴の声が上がった。
「女子スポーツの終わりだ」――。
バイデン氏は就任初日に17件の大統領令などを出したが、その中の一つがLGBT(性的少数者)の差別禁止を職場や学校、医療、住居など幅広い分野で徹底させる内容だった。特に注目を集めたのが、以下の一文だ。
「子供たちがトイレ、更衣室の使用や学校スポーツへの参加を拒否されるのを恐れることなく学べるようにすべきだ」
ここで言う「子供たち」とは、心と体の性別が一致しない「トランスジェンダー」の生徒を指す。生物学的には男でも女と自認する生徒には、女子トイレ・更衣室の使用や女子スポーツ競技への参加を教育現場に強制的に認めさせていく、というのである。
女子スポーツに生物学的には男子の参加が認められたら、身体能力で勝る男子の独壇場になってしまう。五輪で金メダルを通算6個獲得した米女子陸上アリソン・フェリックスさんの400㍍自己ベストは49秒26だが、この記録を上回る男子高校生は米国に毎年300人程度いるという。
公平な競争が失われる懸念は、既に現実のものになっている。東部コネティカット州では、女と自認するトランスジェンダーの生徒2人が高校女子陸上のタイトルを15個も独占してしまったのだ。これにより、地区大会進出やスポーツ奨学金による大学進学を阻まれた女子生徒らが訴訟を起こす事態に発展した。
サッカーやバスケットボールなど接触のあるスポーツになると、女子がトランスジェンダーの選手と一緒にプレーするのは危険ですらある。公平な競争が確保されない上、怪我(けが)をするリスクも高いとなれば、親が娘をスポーツに参加させたくないと考えても不思議ではない。女子のスポーツ離れが進み、自尊心や仲間との友情を育む機会が失われることは、女性にとって甚大な損失だ。
またトイレや更衣室などをトランスジェンダーの生徒と共用することは、プライバシーが脅かされ、安全面での懸念も生じる。
このルールが適用されるのは、学校だけではない。刑務所やホームレスシェルターなどもそうだ。女性専用刑務所に収監されていた女性が、移送されてきたトランスジェンダーの囚人に性的暴行を受けるという事件も起きている。
LGBTの権利拡大はリベラル勢力の最重要課題になっているが、LGBTのうちレズビアン、ゲイ、バイセクシャル(両性愛者)が求めてきた同性婚は、2015年の最高裁判断で完全に合法化された。バイデン氏は残るトランスジェンダーの地位向上をレガシー(政治的遺産)として残そうとしているようだ。
だが、バイデン氏は逆に女性の権利を侵害しているとの批判は、保守派のみならず、過激なフェミニスト団体からも噴出している。
米国の歴史には、社会進出を阻む「ガラスの天井」を打ち破った女性たちの活躍が刻まれている。トランスジェンダーに関する著作がある女性ジャーナリストのアビゲイル・シュリア氏は、ツイッターでバイデン氏の大統領令を次のように批判した。
「少女たちの上に新たなガラスの天井が置かれてしまった」
(編集委員・早川俊行)