カトリック教会の苦悩、中絶・同性婚支持を非難



《バイデンのアメリカ 先鋭化するリベラル路線(2)》

 バイデン米政権のジェン・サキ大統領報道官が初めて行った1月20日の記者会見。報道陣に念を押すようにこう強調した。
 「大統領は敬虔(けいけん)なカトリック教徒だ」――。

2016年8月2日、米副大統領公邸でホワイトハウススタッフの同性婚の結婚式を主催したとツイートしたバイデン副大統領(当時)

2016年8月2日、米副大統領公邸でホワイトハウススタッフの同性婚の結婚式を主催したとツイートしたバイデン副大統領(当時)

 バイデン大統領が人工妊娠中絶問題にどう対応するかを尋ねた質問への回答だったが、サキ報道官が質問と噛み合わない不自然な回答をしたのには複雑な事情がある。

 カトリック教徒が大統領に就任したのは、1961年のジョン・F・ケネディ氏以来、バイデン氏が2人目だ。カトリック教会がこれを喜んでいるかといえば、必ずしもそうではない。むしろ教会幹部からは、懸念の声が相次ぐ。バイデン氏がカトリックの教義と相容(い)れないリベラルな政策を打ち出しているためだ。

 「新しい大統領は中絶や避妊、結婚、ジェンダーなどの分野で、道徳的悪を推進し、人間の生命と尊厳を脅かす政策の実現を目指すと公約している」

 米国カトリック司教協議会会長のホセ・ゴメス・ロサンゼルス大司教は、バイデン氏の就任日に、このような声明を出した。生命の尊厳や伝統的な家族の価値を重んじるカトリック教会にとって、中絶や同性婚を積極的に支持するバイデン氏は、「道徳的悪」を広めていると映るのである。

 サキ報道官が中絶に関する質問で上記のような回答をしたのは、バイデン氏のカトリック信仰が疑問視される状況を打ち消す狙いからだ。

 「敬虔なカトリック教徒」であるはずのバイデン氏だが、就任3日目に発表した声明で、連邦最高裁が1973年に女性の妊娠中絶権を認めた「ロー対ウェイド判決」の立法化を目指すと表明。1月28日には、海外で中絶を実施・支援する国際団体に海外援助予算が使われるのを禁止する「メキシコシティー政策」を撤廃した。

 左傾化が進む民主党では、中絶に連邦予算を使用することを禁じた「ハイド修正条項」の撤廃を求める声が強まっているが、バイデン氏は2019年まで同条項を支持していた。20人以上が出馬した民主党大統領候補指名争いで、唯一同条項を支持するバイデン氏に批判が集中したことで、反対に立場を変えた。同条項は1976年の成立以来、毎年6万件、計240万件の中絶を減らす効果があったと試算されている。

 同性婚についても、バイデン氏はかつて反対していたが、オバマ政権の副大統領時代に立場を変えた。2016年には、ホワイトハウススタッフの男性カップルの結婚式を副大統領公邸で主催している。

 生命や家族の在り方に対する信念は、簡単に変えられるものではない。だが、バイデン氏にとっては、宗教的信念よりも政治的利益やリベラルなイデオロギーの方が重要なようだ。

 ゴメス大司教は次のような懸念を示す。

 「深く憂慮するのは、教会の自由、良心に従って生きる信者の自由だ」

 米社会のリベラル化に伴い、中絶や同性婚に反対するカトリック教会への風当たりが強まっているが、バイデン氏がリベラルな政策を推し進めるほど、その傾向は助長されることになる。カトリック教会は60年ぶりに誕生したカトリック大統領の下で、自分たちの信仰の自由が一段と脅かされるという皮肉な状況が生まれている。

 当然ながら、これはカトリック教徒にとどまらず、保守的なキリスト教徒の共通の懸念として広がっている。

(編集委員・早川俊行)