コロナ免疫証明書、欧州に慎重論

 先月下旬、欧州では新型コロナウイルスのワクチン接種をした証明書導入の議論が浮上し、アイスランドは独自のシステムを導入した。観光業の経済への依存度の高いギリシャやイタリアは欧州連合(EU)の統一した規格の導入を求めているが、慎重論も多い。
(パリ・安倍雅信)

専門家、有効性に懸念
ギリシャ、イタリアは積極的

 ハンガリーのグヤーシュ・ゲルゲイ首相府長官は今月11日、新型コロナ免疫証明書(ワクチンパスポート)の発行を決定したと発言した。2月15日から規制緩和に関する意見公募の項目に含め、内容を詰める方針だ。

10日、英南東部メードストンで、新型コロナウイルスのワクチン接種に臨む男性(左)(AFP時事)

10日、英南東部メードストンで、新型コロナウイルスのワクチン接種に臨む男性(左)(AFP時事)

 免疫証明書を取得できるのは、2回のワクチン接種を受けた人、感染した後に回復した人、抗体検査によって抗体が確認された人としている。

 英国や南アフリカの変異ウイルスの感染拡大が続く中、EU並びに英国は国境の往来に厳しい制限を加えている。移動の制限は経済活動に深刻なダメージを与えており、ワクチンパスポートの導入に期待感を寄せる国は少なくない。

 ギリシャ政府は、ワクチンパスポートの導入を欧州委員会に要望する書簡を1月に送っている。イタリアも同様の要求をしており、観光産業が国の経済に占める割合の大きい国は、外国人旅行者の激減が死活問題になっていることが背景にある。

 エストニアと国連の保健機関は、「スマートイエローカード」と呼ばれる電子予防接種証明書を作成しており、デンマークはデジタルワクチンパスポートを開発している。北欧アイスランドは今年1月から、ワクチンを2回接種した国民に対して「ワクチン接種証明書」を発行し、渡航先で提示することで国によっては検疫措置を免除するケースも出ている。

 英BBCオンラインは19日、国内で劇場やパブなど個別の施設が入場者の仕分けシステムとして、独自に免疫証明書の提示条件を導入する決定を下すことについて、バックランド英法務長官は政府として許可する可能性があるという考えを紹介している。

 しかし、ワクチン接種による免疫獲得証明書には、欧州の感染症専門家が懸念を示している。法的にパスポートの発行は可能だとしても、ワクチン接種による免疫がどのくらい続くのか、変異株に有効なのかは医学的証拠が得られていないからだ。

 それにほとんどの国でワクチン接種は個人の意思を尊重しており、ワクチン接種を拒否した人たちにはワクチンパスポートは不公平になる。スペインはワクチン接種拒否者のデータべースを作成し、EUと共有する考えだ。それにパスポート所持者は、ロックダウン(都市封鎖)や夜間外出禁止令を守る必要があるのかという議論もある。

 世界保健機関(WHO)は昨年4月、各国政府に対し、新型コロナについていわゆる「免疫パスポート」や「安全証明書」などを発行しないよう呼び掛けていた。新型コロナによる感染症から回復して血液内に抗体を獲得しても、二度と感染しないという証拠はないというのが理由だった。同じことがワクチン接種でも指摘されている。

 その一方で、国際的な移動に関して、国によってワクチンパスポートの提示を義務付ける可能性は否定できない。ハンコック英保健相は、政府として「明らかに英国人がそれを達成できることを確認したい」と述べており、パスポート発行を何らかの形で行いたい考えを示している。

 ただ、フランスやドイツはワクチンパスポート発行には極めて慎重だ。ベラン仏保健相は「発行の予定はない」と言っており、バシュロー仏文化相も「国民に保障された自由と平等を侵害するパスポートは絶対に認められない」との考えを示している。

 この論点は法的、社会倫理的問題にも発展している。例えば、パスポート所持者が優先的に雇用されるとか、雇用者が従業員にパスポート取得を強制するなどの事態も考えられる。

 パスポートの有効性を主張する声は高まる一方だが、少なくとも欧州ではクリアすべき課題が山積している。