米軍の「内部腐食」、戦力よりポリコレ優先



《バイデンのアメリカ 先鋭化するリベラル路線(4)》

 トランプ前米政権の政策を一気に覆そうと大統領令を連発しているバイデン大統領。就任6日目の1月25日には、心と体の性別が一致しない「トランスジェンダー」が軍務に就くことを禁じた規定を撤廃する大統領令を出した。

1月25日、米ホワイトハウスでトランスジェンダーの軍務解禁を命じる大統領令に署名したバイデン大統領(左)とオースティン国防長官(UPI)

1月25日、米ホワイトハウスでトランスジェンダーの軍務解禁を命じる大統領令に署名したバイデン大統領(左)とオースティン国防長官(UPI)

 この規定を最初に撤廃したのはオバマ元政権だが、トランプ前政権が復活させていた。バイデン氏は就任初日にもトランスジェンダーらLGBT(性的少数者)差別禁止を徹底させる大統領令を出しており、トランスジェンダーの権利拡大がバイデン政権の最優先事項であることは明白だ。

 バイデン氏はトランスジェンダーの軍務解禁を正当化する根拠として、2016年に行われた「詳細な包括的研究」を挙げ、「米軍の即応態勢や医療費に最小限の影響しか及ぼさないと判明した」と断言。一方、トランプ政権が実施した「再調査」については、「米軍に不要な障壁をもたらした」と、まるで間違いだらけの調査であるかのように切り捨てた。

 これは完全なミスリードだ。バイデン氏が挙げた「詳細な包括的研究」とは、大手シンクタンク、ランド研究所が行ったものだが、トランスジェンダーの軍務が解禁されていない時点で行われた推測に基づく研究にすぎない。これに対し、トランプ政権が行った「再調査」は、解禁から約20カ月間の実際のデータに基づくものだ。どちらがより精度の高い情報であるかは自明だろう。

 トランプ政権の国防総省が18年2月に公表した報告書は、性同一性障害の兵士について「自殺を試みる確率が8倍高い。精神的問題を抱える確率も9倍高い」と指摘。兵士が過酷な環境に耐えられる強いメンタルを備えていることが精強な軍隊の前提条件だが、トランスジェンダーの軍務解禁はそれを脅かす恐れがあるのだ。

 報告書はまた、性同一性障害の兵士に対する医療費が「約3倍に増加した」と指摘。外科手術やホルモン療法など性転換治療を無償で受けられるようにすれば、医療費が一気に高騰するのは必然的結果だろう。

 トランスジェンダーの新規入隊も受け付けるようになれば、高額な性転換手術が受けられるとの理由で入隊を希望する者が現れることも十分考えられる。トランスジェンダーの兵士が増えていけば、拡大する医療費が兵器購入や訓練の予算を圧迫しかねない。

 有力保守派団体「家庭調査協議会」のピーター・スプリッグ上級研究員の試算では、性転換手術などの医療費に加え、治療で長期間任務を離れることで生じる間接的コストも含めると、10年間の負担は37億㌦に達する可能性がある。これはイージス艦を1隻、F35戦闘機なら22機購入できる金額だという。

 米軍は伝統的に保守的な組織と言われてきたが、それはもう過去の話だ。ジェイソン・モーガン麗澤大学准教授によると、「今の米軍ではリベラルでないと出世できない」という。国防長官に起用されたロイド・オースティン元中央軍司令官がトランスジェンダーの受け入れを全面的に支持しているのも、「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正当性)に汚染された米軍の一面を表している。

 中国が猛烈な勢いで軍事力を増強する中、精強な軍隊を維持することよりもポリコレを優先するバイデン政権。米国との同盟関係を安全保障の柱とする日本にとって、米軍の「内部腐食」は決して無視できない。

(編集委員・早川俊行)