茶番劇だったトランプ弾劾裁判
エルドリッヂ研究所代表、政治学博士 ロバート・D・エルドリッヂ
後回しにされた経済対策
逆に存在感を強めた前大統領
米連邦議会上院は2月13日、大統領選挙の結果認定中の1月6日に起きた連邦議会議事堂への襲撃事件を扇動したとして下院に弾劾訴追された前大統領ドナルド・トランプへの弾劾裁判で、圧倒的な数で無罪評決を下した。100人の上院議員の3分の2以上となる67票が必要だったが、7人の共和党員が支持したものの57票しか得られなかった。
これは茶番劇そのものであり、しかも有罪評決に至らなかった2回目の弾劾訴追だったため、民主党は裁判運営能力や政治戦略のなさで嘲笑(ちょうしょう)されている。
これだけではない。コロナ禍で苦しんでいた国民の経済状況が一層悪化している中で、振興策や補助金の審議をせず、弾劾を強行したことは大きな批判を招いている。
やり直し選で買収疑惑
上院の議席数は現在、ちょうど50対50で同数になっている。これは、去る1月に行われた米南部ジョージア州の「やり直し選挙」で、民主党の2人の新人候補が当選したからだ。
やり直し選挙当時は、その勝利はトランプ政権や共和党を否定した「良識ある有権者の判断」と評されていたが、実際の勝因は、候補者たちをはじめ、現地に入って応援演説した次期大統領ジョー・バイデンが、有権者に「2人に投票してくれたら、2千㌦の小切手を翌週に届くようにする」と何回も強調したことだ。その後の世論調査で、その援助(振興策)が民主党候補に投票した最大の理由だったと判明した。
ところが2人が上院議員に就任した1月20日までに小切手は届かず、本稿執筆中の2月中旬にも届いていない。買収容疑だけでなく、約束を果たしていないため詐欺も犯したことになる。それどころか、バイデンをはじめ民主党は、映像などの証拠が存在しているにもかかわらず「2千㌦とは言っていない」と否定し、最近では「1400㌦だった」と言い直している。
以前にも説明したが、米民主党は不正をしないと勝てない組織となっている。過去もそうで、元民主党系の有権者さえトランプを支持して当選させた。
最近、米国である記事が注目されているが、それによれば、1月6日の議事堂での事件後、連邦捜査局(FBI)の取り調べで、逮捕された人々の60%弱に、経済的な問題があったことが分かった。住宅ローンや学生ローンの返済に困っており、税金未納や破産した過去があり、非常に絶望的な状況にいたのだ。つまり、その騒動はイデオロギー的なものではなく、挫折や不満から生まれたものと言える。
だが、上記のように、トリプル・ブルー(大統領、上院、下院)で勝利した民主党は、振興策や補助金についての審議を延期し、もはや大統領ではないトランプを弾劾した。
トランプの勝利、つまり無罪評決は最初から分かっており、無駄な作業であり、政治的なパフォーマンスにすぎないとの批判があるが、それだけではない。2回も無罪になったトランプを、2024年のリベンジ大統領選に向けてより強くさせたという意味でも民主党の失敗と言える。
確かに、民主党はトランプの弾劾裁判をめぐって共和党の分断を図ろうとしたが、亀裂は以前から存在しており、新しいことではない。共和党の中で内戦が生じているとみる人もいるが、本紙の昨年12月22日付の拙論「大統領選後の米政界再編を占う」で述べたように、再編につながるため、必要かつ自然な摩擦だと筆者は考えている。
「トランプ主義」は健在
現在でも、トランプや「トランプ主義」は共和党内で依然として強い。最新の世論調査では、24年の大統領候補として、トランプの支持率は53%で、次は前副大統領マイク・ペンス(12%)、トランプの長男・ドン2世(6%)、上院議員テッド・クルーズ(4%)などだ。
16年の大統領選から今日に至るまで、民主党の唯一の戦略は、「トランプ=悪」との叫びを繰り返すだけだった。その延長戦で、下院議長ナンシー・ペロシはこれから議事堂での「内乱」を9・11調査委員会のようなものを設置すると呼び掛けている。トランプが去った後、視聴率を急速に下げているCNNなどのマスメディアはそれに賛同している。
トランプが大統領ではない今、民主党は与党としてしっかり政権運営しなければならないが、果たしてできるのか。この1カ月を振り返ると、そうは思えない。
(敬称略)






