バイデン次期米政権人事の葛藤

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

多様性を反映、経験も豊富
ランプ支持者が嫌悪する集団

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 今月20日の米新政権発足に向け、次期大統領ジョー・バイデンは次々と人事を発表している。経験豊かで能力の高い面々で固められ、今のところ比較的批判も少ない。しかし、政権が現大統領トランプの支持者も含め、広く信頼や協力を得られるかが大きな課題となる。

女性・非白人を多数指名

 バイデンは政権にはアメリカを表す人材を選ぶと述べたが、確かに人選はアメリカの多様性と人材の豊かさを反映している。バイデンは白人男性だが、次期副大統領カマラ・ハリスはインド移民とジャマイカ移民間の混血女性、議会の承認が必要だが、財務長官ジャネット・イエレン、エネルギー長官ジェニファー・グランホルム、行政管理予算局長ニーラ・タンデン、経済諮問委員会(CEA)委員長セシリア・ラウズ、内務長官デブ・ハーランドはいずれも女性である。そしてタンデンはインド移民2世、ラウズは黒人、ハーランドは先住民である。

 国土安全保障長官にはキューバ系男性のアレハンドロ・マヨルカス、保健福祉長官にはメキシコ移民2世のハビエル・ベセラ、そして運輸長官にはゲイを公表しているピート・ブティジェッジが指名されている。

 苦労を知っている人も多い。イエレンは貧しい労働者たちをわずかな治療費で診た医者の父に失業すると収入だけでなく人としての尊厳も失うことを教えられた。タンデンは離婚した母と極貧を経験し、CEAの首席エコノミスト、バーンスタインはシングルマザーに育てられた。

 人事の二つ目の特徴は、経験も資格も文句ないメンバーが多いことである。イエレンは前連邦準備制度理事会(FRB)議長で進歩派から保守派にまで好感を持たれ、あらゆる学派の経済学者から評価されている。財務副長官には財務省で環太平洋連携協定(TPP)交渉などを担当、国家安全保障副補佐官として先進7カ国(G7)や20カ国・地域(G20)のシェルパ(首脳個人代表)もしたナイジェリア移民のアデワレ・アデヤモが指名されている。

 国務長官に指名されたアントニー・ブリンケンは、クリントン政権時から外交安全保障問題に深く関与し、上院外交委員会のスタッフとして、後には副大統領の国家安全保障担当補佐官としてバイデンの絶対的信頼を得る右腕となり、オバマ政権時には国務副長官も歴任した。

 首席補佐官のロナルド・クレインはバイデンとは40年来の付き合いだが、最高裁判事の調査官、上下両院の各種委員会の補佐官や顧問、バイデン副大統領の首席補佐官、と司法、立法、行政と三権全てに関わり、アメリカの政治体制を知り尽くしている。

 一見素晴らしいAチームである。しかし多様性を重んじるだけでなく、当選に貢献した黒人やヒスパニックに「借り」を返す必要性からの人選が批判も浴びている。

 中でも一番疑問視されているのが国防長官に指名されたロイド・オースティンである。立派な陸軍将校で中東やアフガニスタンで実績を上げたが、これから最も重要とみなされるアジアへの知識も経験もなく、中国戦略に関わったこともない。長官に必要なマスコミ対応や議会証言も不得手である。選ばれたのは、黒人であることとバイデンと親しいため、つまり適性より「借り」と個人的関係が重視されたとみなされている。

新政権の最大の難関に

 より大きな問題は、主要閣僚やホワイトハウスの人員の豊かな経験や優れた能力が広く国民の支持を得る障害となる可能性である。11月の選挙ではトランプへの支持は予想外に高かった。これは白人クリスチャンの国が変わってしまうことへの恐怖、そして政治や社会における権威や優秀な専門家への強い不信感が、低学歴者など社会の変化に取り残された市民を中心に、非常に深く根ざしていることを表している。権威に反発しアメリカに渡った建国の祖たちのDNAかもしれない。

 こうした国民から見れば、バイデン政権はまさに最も嫌悪する集団である。しかし、新型コロナ対策から経済の立て直し、取り残された人々の救済や産業の育成などアメリカを本当に強くするには経験豊かで優秀なプロが必要である。この矛盾をどう解決するか。これが新大統領バイデンの最大の難関かもしれない。(敬称略)

(かせ・みき)