新型コロナめぐる真実の重要性
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
過熱する米国の対中攻撃
差別煽る選挙向けレトリック
トランプ政権の新型コロナウイルスをめぐる中国攻撃が一層過熱している。ウイルスを発生させ、ウイルスに関する情報を隠蔽(いんぺい)し、その結果、世界中にウイルス感染を拡大したと中国政府の責任を追及している。中国政府の対応に過ちがあったのは間違いない。しかしトランプ政権が引用する「事実」にもかなりの無理があり、また選挙に向け有権者を狙ったレトリックがアメリカの言い分への不信感を生み、米国内では不当な差別につながる恐れもある。
アジア人への感情悪化
トランプ大統領が4月中旬の記者会見で中国科学院武漢ウイルス研究所が培養していたウイルスが事故で外に漏れたという説には合理性があり、調査していると述べた。これで武漢の研究所起源説が一気に広まった。大統領は4月末には新型コロナウイルスが武漢の研究所で発生したという説には「非常に高い信頼」を置いているとも述べた。
その3日後、テレビインタビュー番組に出演したポンペオ国務長官は、新型コロナウイルスは人工的に作られたものでも遺伝子の組み替えもなかったようだが、武漢の研究所が起源であるという「非常に多くの証拠がある」と断言した。
議会も負けてはいない。反中派として知られるコットン上院議員(共)は中国政府のうそやごまかしのために真実は分からないが、コロナウイルスは武漢研究所で製造された生物兵器であり、中国は意図的にそれを流出させた可能性があると早くから主張してきた。
コルニン上院議員(共)は中国にはコウモリや蛇、犬を食べる習慣があるからコロナの発祥地に違いないと言っていたが、今や中国政府が世界にその武器を使用した、と発言をエスカレートさせている。19世紀後半から20世紀にかけて欧米白人社会で広まった黄禍論と同じく、アジアの習慣を異常なものとして取り上げるのは黄色人種への一種の差別で、新型コロナが広まってから増えているアジア人に対する差別をさらに煽(あお)っている。
ゲッツ下院議員(共)はオバマ政権が武漢の研究所に370万㌦の助成金を出していたという英国の新聞報道をツイッター等で情報拡散した。「60ミニッツ」という信頼性の高い調査報道番組によれば、これはアメリカ国立衛生研究所(NIH)がエコヘルス・アライアンスという米非営利団体に出した助成金であった。
同団体は将来広まる可能性のある感染症、特に動物から人にうつる可能性のある感染症を世界中で調査しているが、2014年に「コウモリから派生するコロナウイルスのもたらす危険性の調査」のために助成金を得、19年にはトランプ政権が第2次の助成金を出している。2回の助成金の合計は338万㌦で、協力機関の一つであった武漢の研究所には助成金の中から合計60万㌦が渡っている。これまでこのプロジェクトはコウモリから人への感染に関する調査研究で成果を上げてきたが、4月中旬に突然助成金が取り消された。
5月16日になりポンペオ長官は新型コロナウイルスの発生源は不明、とこれまでの主張を覆した。武漢研究所起源説は米情報機関や議会内で出回っていた国防総省の主要契約会社の報告書に基づいていたようだが、専門家がアメリカの報道機関に依頼され内容を調査したところ、報告書は信頼できないことが分かった。ポンペオ長官の態度の変化はこのためと推測される。
アメリカ国民が中国を見る目は貿易摩擦に加え新型コロナの感染拡大により一層悪化した。世論調査では反感が66%、好感が23%と反感が好感の3倍にもなり、中国攻撃は秋の選挙を前に広く支持を得られる代え難い材料である。
質高い情報基に分析を
中国政府の情報隠蔽や中国を起源とするウイルスに世界中が苦しむ中、それを利用する姿勢、言論の弾圧やマイノリティー差別は厳しく非難されるべきである。しかしこの中国との戦いを有利にすすめるにはアメリカは偏見や陰謀説、政治的計算に惑わされるのではなく、国際社会に信頼される正確で質の高い情報、それに基づいた厳しい分析、協力姿勢と平等を武器にしなくてはならない。
(かせ・みき)






