活発化する中国の偽情報工作、拡散に警戒する米国

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 新型コロナウイルスをめぐり、中国がインターネット交流サイト(SNS)を通じて偽情報を拡散させるなど情報工作を活発化させていることに米国で警戒感が高まっている。中国は従来の宣伝工作に加え、米国内の分断や混乱を増幅させるなど「ロシア式」の攻撃的な手法も取り入れている。
(ワシントン・山崎洋介)

アカウント乗っ取り利用

 「トランプ政権が48~72時間後に全米を封鎖する。略奪者や暴動を防ぐための軍隊が配置され次第、発表されるだろう」

ジャック・ドーシー最高経営責任者(右)

2018年9月、米上院情報委員会でネット上の外国の影響工作への対応について証言したツイッター社のジャック・ドーシー最高経営責任者(右)ら(UPI)

 3月13日にトランプ氏が国家非常事態を宣言した直後、こうした偽情報がフェイスブックなどのソーシャルメディアやテキストメッセージを通じてネット上に広がった。

 国家封鎖が迫っていることを告げるこうしたメッセージには、複数のバリエーションがあったが、多くの場合、情報源として米軍や中央情報局(CIA)、国家安全保障省など政府機関にいる「友人」が挙げられた。

 パニックが広がることを恐れた米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)は同16日、ツイッターで「国家の封鎖についての噂(うわさ)は、フェイク(偽情報)だ」と否定。火消しに追われることを余儀なくされた。

 この発信元については依然として不明だが、ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は4月22日、当局者6人の話として、米国の情報機関は中国の工作員たちがオンライン上に存在した偽情報を拡散させたと断定した、と報じた。

 こうした情報工作は、SNSを用いて2016年大統領選に介入したロシアの戦略を参考にしたもので、米国内の政治的分断を助長することが目的とみられる。米当局は、外出禁止令をめぐって各地で抗議活動が広がる中、混乱を煽(あお)るような工作を警戒しているという。

 偽アカウントを用いた情報操作をめぐっては、昨年8月、米ツイッターが中国の関与が疑われる936件の不正アカウントを停止するとともに、その内容を公開。フェイスブックやユーチューブも同様の情報操作があったとして、それぞれアカウントやチャンネルを削除した。

 ツイッター社は、こうしたアカウントは「意図的かつ具体的に香港で政治的不和を植え付け、抗議運動の正当性と政治的立場を損なう」ものだと指摘。国家ぐるみの工作である確かな証拠があるとした。

 新型コロナの感染が世界に拡大する中、以前は香港の抗議行動を批判していた偽アカウントの多くは、今では新型コロナに関わる中国の宣伝工作に利用されている。

 米非営利ネットメディア「プロパブリカ」は3月26日、中国政府が関与する情報工作に従事している疑いがある1万以上の不正アカウントを昨年8月から追跡した調査結果を発表。かつて香港の民主派を標的としていたアカウントの多くがコロナウイルスと戦う中国政府の取り組みを称賛するメッセージや映像を発信しているとした。

 報道によると、中国は米国の大学教授や学生、グラフィックデザイナー、オーストラリアのビジネスアナリストなど既存のアカウントを乗っ取り、情報工作に利用。コメントに対して他の偽アカウントが一斉にリツイートしたり、「いいね」を付けたりするなど、連動した取り組みが行われていた。

 偽のアカウントの中には、米政府が資金を提供する「ラジオ・フリー・アジア」に酷似したアカウントもあり、中国によるイタリアへの医療支援を吹聴するなど宣伝活動に従事していた。また、影響力のあるアーティストに対して、1回当たり約240㌦の資金を提供する見返りに、中国がコロナウイルスを打ち負かしたことを宣伝する15秒の映像を投稿する話が持ちかけられたこともあったという。

「責任ある大国」損なうリスクも

 一方、中国の外交官は、ソーシャルメディアでの対外情報工作を活発化させている。その中で、米国の対応の「遅れ」「失敗」への批判を展開するとともに、ウイルスの起源をめぐり偽情報を広めている。

 中国外務省の趙立堅報道官は3月にツイッターで、米軍がウイルスを中国の武漢に持ち込んだ可能性があると書いた。米シンクタンク「ジャーマン・マーシャル基金」が3月30日に発表した調査報告によると、その後、そのメッセージは中国大使館と領事館の公式ツイッターなど、少なくとも12の外交上のアカウントでリツイートされた。それだけでなく、中国国営メディアは、こうした陰謀論を増幅させる報道を繰り返している。

 こうした「米国起源説」を示唆する中国側の情報発信は現在も続いており、ポンぺオ国務長官は4月29日、ソ連時代の情報工作を引き合いに出し、「古典的な共産主義者の偽情報だ」と強く反発している。

 こうした「ロシア式」の情報工作は、初期対応で隠蔽(いんぺい)を図ることなどにより感染拡大を招いた中国に国際的な非難の声が高まる中、責任を逸(そ)らすことが大きな狙いだ。しかし一方で、こうした攻撃的な手法は、長年の宣伝工作で築き上げてきた「責任ある大国」としてのイメージを損なう可能性がある。

 ジャーマン・マーシャル基金のローラ・ ローゼンバーガー上席研究員は先月、外交誌フォーリン・アフェアーズ(電子版)で「この攻撃的な新しい情報戦略は中国にとってリスクを伴い、場合によっては裏目に出るだろう。米国への悪口や偽情報の拡散、陰謀サイトの拡大は、中国がつくり上げてきた肯定的なイメージを損なうリスクを冒す」と指摘した。