韓国大統領選 保守分裂カード切った文氏

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 韓国の文在寅大統領が、国政介入事件で弾劾・罷免され、収賄罪などで収監中の朴槿恵元大統領を大晦日(おおみそか)の今月31日付で特別赦免すると電撃的に発表したことを受け、政界が大揺れだ。赦免は来年3月の大統領選に向け、保守陣営を分裂させる効果を狙った選挙用カードの意味合いが強いが、文氏の思惑通りに事が運ぶかまだ見通せない。(ソウル・上田勇実)

朴槿恵氏の電撃赦免
「吉か凶か」揺れる与野党候補

24日、ソウル市内の病院前で開かれた朴槿恵元大統領赦免を歓迎する集会で写真入りプラカードを掲げる参加者たち(韓国のニュース番組から)

24日、ソウル市内の病院前で開かれた朴槿恵元大統領赦免を歓迎する集会で写真入りプラカードを掲げる参加者たち(韓国のニュース番組から)

24日夜、ソウル市内にある病院の前で朴氏赦免を歓迎する集会が開かれた。熱烈な朴氏の支持者として知られる元国会議員の趙源震氏はこう演説した。

 「自由右派国民の勝利だ。違法で偽りの弾劾が無効であることを必ず明らかにしよう」

 病院には健康悪化で先月、別の病院から転院してきた朴氏が入院治療中だ。集会場所にはクリスマスツリーをかたどったイルミネーションも点灯した。赦免は支持者たちにとってこの上ないクリスマスプレゼントになったようだ。

 だが、朴氏赦免は保守陣営全体にとって手放しで喜べるものではない。赦免された朴氏が大統領選と関連し、どのようなメッセージを発信するかによって大統領選の行方に正反対の影響を及ぼすとみられているからだ。

 仮に政権交代という大義のため、保守系の野党「国民の力」が公認する尹錫悦候補を支持しようと呼び掛ければ保守は一つに団結するが、国政介入事件の捜査で陣頭指揮を執った尹氏の“責任”に言及したり、沈黙を通せば、地盤である慶尚北道(韓国南東部)の有権者が尹氏支持を撤回する可能性があり、保守分裂を招くのは必至だ。

 これまで文氏は、朴氏赦免に慎重な姿勢を崩さず、自身の支持層が猛反対するのを意識して時期尚早だと説明してきた。それが今回一転して赦免に踏み切った。その理由こそ「保守分裂効果」にあるとの見方が支配的だ。

 ある元韓国政府高官は「野党陣営を分裂させようという政治的意図があるのは明らか」とした上で、「万が一、朴氏が重篤状態にでもなれば、その責任を問われることも負担だったようだ」と指摘する。

 一方、文氏の支持者からは「裏切られた」という落胆の声も上がり、青瓦台(大統領府)の「国民請願」には赦免反対を求める欄に、わずか2日で3万人以上が同意。革新系市民団体による反対声明の発表も相次いだ。

 大統領選は与党「共に民主党」公認の李在明候補と尹氏による事実上の一騎打ちとなるとみられ、最近の各種世論調査では両者拮抗している。李氏が市長時代に手掛けた新都市開発事業をめぐる大型不正疑惑は国民が最も敏感に反応する不動産絡みである上、関係者2人が相次ぎ自殺した。李氏にとって不利な展開だ。

 このタイミングでの朴氏赦免は、与党の再執権を望む文氏が切った大統領選用カードとみられる。与党支持層の一部離反を覚悟の上で、より大きな保守分裂効果を狙い、形勢を有利にしようとしているのではないかという観測も出ている。

 ただ、李氏も尹氏も朴氏赦免が吉と出るか凶と出るかまだ読み切れず、「得失の計算に奔走している」(韓国メディア)ようだ。

 李氏としては保守分裂なら漁夫の利を得ることができ、赦免の名分として掲げられた「国民大統合」で中道票の取り込みもある程度可能になるが、「謝罪なき赦免には反対」と主張し続けてきただけに支持者離反の恐れもある。

 尹氏も、朴氏の熱烈支持者らが赦免を契機に尹氏に負わされた“古傷”を思い出し、再び対立を深めることは避けたいところ。保守分裂を防げない場合は選挙戦略の立て直しを迫られるが、残された時間は少ない。

 朴氏は大統領に当選する前の野党党首時代から満を持して発する一言で政局を変えてしまう「一言政治」で有名だったが、幽囚の身となってなおその威力は衰えていないようだ。