米国で警官が大量離職、凶悪犯罪急増の要因に

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 米国で警察官の「大量離職」が起きている。昨年5月にミネソタ州ミネアポリスで発生した白人警官による黒人暴行死事件以降、激しい警察叩(たた)きが吹き荒れていることが大きな要因だ。警官の人員減や士気低下により、都市部を中心に殺人や銃撃など凶悪犯罪が急増しており、米国の社会秩序が揺らいでいる。(編集委員・早川俊行)

BLM運動が敵視の風潮
バッシング受け士気低下

 「警官の約3分の1が心的外傷後ストレス障害(PTSD)で離職した。私もその中の一人だ」

 これはミネアポリス市警を退職した女性警官キム・ボス氏が今年2月に地元紙に寄せた手記の一節だ。黒人暴行死事件後、すさまじい嫌がらせを受けて心身がボロボロになり、37年間務めた警官を辞めざるを得なくなったことを赤裸々に記している。

4月5日、ブラック・ライブズ・マター運動のデモに対応するため現場に到着したニューヨーク市警の警官たち(UPI)

4月5日、ブラック・ライブズ・マター運動のデモに対応するため現場に到着したニューヨーク市警の警官たち(UPI)

 ボス氏が勤務していた第3分署は暴徒に放火されて全焼。職場の留守電には4千件以上の中傷メッセージが入っていた。クレジットカードを含む個人情報はネット上に公開され、自宅が襲撃される恐れから夜も眠れない日々が続いたという。

 ミネアポリス市警では大量離職に加え、職務を続ける警官もバッシングの反動で積極的な取り締まりを控えるようになった。その結果、殺人が2019年の48件から昨年は84件に急増するなど治安が大幅に悪化。今年も昨年を上回るペースで殺人が発生している。

 これはミネアポリスにとどまらず、全米で起きている現象だ。各地で激しい抗議活動を繰り広げた「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切、BLM)」運動が警察敵視の風潮を生み出したことで、警官の士気が低下し、凶悪犯罪急増の大きな要因となっている。

 警察幹部の全国組織「警察幹部調査フォーラム」が6月に公表した報告書によると、アンケート調査に応じた約200の地方警察組織では、警官の早期退職率が平均45%、辞職率は同18%もそれぞれ上昇。志願者は大幅に減少し、新規採用率は同5%低下した。

 ニューヨーク市警では昨年、全警官の15%に当たる5300人以上が離職。7月20日付ワシントン・タイムズ紙によると、シアトル市警では黒人暴行死事件以降、267人の警官が離職し、人員不足により911番通報(日本の110番に相当)にも深刻な事件にしか対応できない状況だという。

 警官を人種差別主義者と蔑視する風潮の中で、警官が暴力の標的になる事例も相次いでいる。全米最大の警官労組「警察友愛会」によると、今年6月までに銃撃を受けた警官の数は150人以上に上り、このうち51人が待ち伏せによる銃撃だった。

 また、BLMが「警察予算をなくせ」と要求したことを受け、多くの都市で警察予算が削減された。これも警察の人員減に拍車を掛け、犯罪抑止力に深刻な悪影響を及ぼしている。

 BLMは黒人に対する警察の暴力を糾弾するが、皮肉にも犯罪急増で最も被害を受けているのは、治安の悪い貧困地域に住む黒人だ。

 バイデン政権はトランプ前政権に比べ、治安問題への関心は低かった。だが、国民の間で懸念が高まってきたことを受け、6月に暴力犯罪削減の包括戦略を公表した。この中で、新型コロナウイルス危機を受けた経済対策予算の一部を警官の増員や超過勤務手当などに割り当てる方針を打ち出した。

 だが、警察を敵視する風潮が続く限り、人員を増やすのは難しい。警察関係者の間では「お金だけでは問題は解決しない」との見方が支配的だ。