ウイグル人権法案と米国の現在
東洋学園大学教授 櫻田 淳
対中強硬姿勢を継続へ
連邦議会は「孤立主義」採らず
去る9月中旬、米国連邦議会上院は、マルコ・A・ルビオ(上院議員/共和党、フロリダ州選出)とロバート・メナンデス(上院議員/民主党、ニュージャージー州選出)が超党派で提出した「2019年ウイグル人権政策法案」を全会一致で可決した。
去る12月3日、米国連邦議会下院は、この法案に修正を施した上で、「ウイグル介入と地球規模の人道に係る統一対応法案」として賛成407、反対1の圧倒的多数で可決した。
「第116議会、上院178号議案」として今年1月中旬に提出された「2019年ウイグル人権政策法案」は、中国・新疆ウイグル自治区で中国共産党政府が進めるウイグル族、すなわちチュルク系イスラム先住民族への抑圧を非難し、中国政府高官らに制裁を科すようドナルド・J・トランプ(米国大統領)に求める趣旨のものである。
下院修正法案は上院法案原案よりも鮮明に米国の対中強硬姿勢を反映していると評される。
米の特質見誤った中国
この法案の下院採決に際して唯一、反対票を投じたのは、トーマス・H・マシー(下院議員/共和党、ケンタッキー州選出)であった。マシーは、ツィッター上で「われわれの政府が外国の国内事情に容喙(ようかい)すれば、それは、われわれの事情に外国政府が容喙するのを呼び込むことになる」と語り、自らの投票行動の意図を説明している。
11月20日、「香港人権・民主主義法案」の下院採決でも唯一、反対票を投じたマシーの投票行動は、19世紀初頭以来、米国に脈打つ「孤立主義」信条を反映したものであるといえる。
振り返れば、2016年大統領選挙に際してトランプが隆盛した理由として指摘されたのは、「他国の事情に構わずに、米国は米国だけで繁栄を享受していたい」という「孤立主義」機運の高揚であった。
マシーの立場は、トランプの登場を呼んだ「孤立主義」機運が米国の「皆の衆」の意識を反映した米国連邦議会では全く浸透していないことを示す。
トランプもまた、下院修正法案が上院での調整を経て大統領署名に付託された折には、「香港人権・民主主義法案」と同様、それに拒否権を行使せずに成立させるのであろう。
こうした動きを前にして、「AFP通信」記事(日本語電子版、12月4日配信)に拠れば、華春瑩(中国外務省報道官)は、「中国の過激派の根絶に向けた取り組みとテロ対策に対するいわれのない中傷で、中国政府の新疆統治政策に対する悪意に満ちた攻撃だ」と批判した。
華春瑩の対米批判には、建国以来の米国でネイティブ・アメリカンが圧迫されてきた歴史的暗部への意趣返しも含まれている。
「香港人権・民主主義法案」や「ウイグル人権政策法案」に対する中国共産党政府の反応は、米国の「孤立主義」機運を明らかに沈静させた。2020年大統領選挙に際してトランプが再選されようとされまいと、米国が中国に対して強硬な姿勢で臨む局面は、基調として続くのであろう。
中国共産党政府は、米国の「立法国家」としての特質を見誤り、連邦議会が全会一致と見紛う対中政策対応を採るほどまでに追い込んだのである。それは、第2次世界大戦中、「真珠湾を忘れるな」の掛け声に促された一致団結の系譜の上にあるものである。
このようにして、現下の米中両国の確執は、奉ずる「価値」の領域にも確実に広がっている。
煮え切らぬ日本の姿勢
こうした情勢に対する日本の感度は、率直に鈍い。香港情勢に際してもウイグル情勢に際しても、日本政府の対中姿勢は、米国や他の「西方世界」諸国に比べれば、依然として煮え切らないものであるという印象が強い。
日本と他の「西方世界」諸国における対中姿勢の齟齬(そご)は後々、日本外交にとっての「躓(つまず)きの石」になるかもしれない。(敬称略)
(さくらだ・じゅん)






