バイカル湖の水狙う中国企業
日本対外文化協会理事 中澤 孝之
工場建設に地元民反対
中露関係悪化の震源になるか
「シベリアの宝石」といわれ、東シベリアに位置する世界遺産の一つバイカル湖は琵琶湖の約47倍にもおよぶ三日月型の湖。ブリヤート共和国とイルクーツク州にまたがる世界一深く、最も透明度の高い湖だ。昔から観光客に人気が高い。
「レコード・チャイナ(RC)」は3月20日、中国企業がバイカル湖で飲料水のボトリング事業を始めようとしていることに反対する署名活動で100万人を超えるロシア人が賛同したとの17日発信の仏RFI中国語版の記事を伝えた。「ロシアの全愛国者」向けに発せられた呼び掛けは、「彼らはわれわれの湖に工場を建て、その水を中国に持って行こうとしている。そうなれば世界遺産に登録された湖に不可逆的な損害が生じる」という内容。工場は、年内の稼働が見込まれていたが、ロシアの地方裁判所は15日、工場建設計画の凍結を命じ、「(計画)再開は生態系の破壊問題が解決されてから」との判断を下したという。
「既に湖岸破壊」の声も
中国側と提携するロシア企業の関係者が「取水が湖に影響を及ぼすことはなく、150人分の雇用機会が生まれる」と説明したものの、「工場建設で湖岸が既に破壊された」と強い反対の声が出ていると報じられた。このバイカル湖とその周辺に対する中国企業の活発な進出が近年、目に余り、地元住民の反発が強まっているようだ。
米国のジェームズタウン財団発行の「ユーラシア・デーリー・モニター(EDM)」最新号は、近年、中国がこのバイカル湖とその東方の地方(ザバイカル/トランス・バイカル)のプレゼンスとコントロール(支配)を急速に拡大しつつあると指摘した。「この傾向はロシア当局とビジネスマンが自分たちの個人的な経済的利益を国益よりも優先させていることによって強まっている」とEDMは強調する。
EDMの論稿によれば、欧州部のロシアのメディアは既にバイカル湖を「中国の水域」と呼び、シベリアを中国の歴史的遺産の一部であると主張する中国メディアの記事を紹介してきた。中国人は明らかに伝統的な新帝国主義者のように振る舞い地元住民を怒らせているが、ある通信社のロシア人記者はザバイカルからの報道の中で、「『中国領』バイカルは既に現実である」と指摘し、その理由は、ロシアのビジネスマンや当局者は自分たちにとっての最大の利益を求めているからだと説明した。
地元住民を怒らせているもう一つの理由は、中国人とそのロシア人パートナーたちは、建設作業などに地元のロシア人を雇うと約束しながら、実際は、中国人労働者を連れてきてほとんどの仕事をやらせ、しかも彼らに高い賃金を支払っていることだ。また、道路標識までも中国語で書かれ、売られている商品も中国製が多いので、さながら「チャイナタウン」の様相を呈している地区もあるらしい。
多くのロシア人にとってバイカル湖は神聖なものであり、彼らの国家的歴史遺産である。しかし、冒頭の報道のように、中国はバイカル湖の水を管理しようとしているのだ。中国人はバイカル湖の水を瓶詰めにして運ぶだけでなく、パイプラインを設置して常時、水を取り込もうとしているのである。さすがにロシアのメディアはこれを「水の強奪」として非難したという。
反対運動広がる可能性
3月初め、チュワシ共和国の議会は当地での中国工場の建設反対を全会一致で決定したと伝えられる。同じような動きが近隣で起きる可能性が指摘されている。EDMは「地元ロシア人の怒りの高まりと、それが引き起こす地元政治面の反応は、中国のオーバーリーチ(過剰な進出)とロシア企業の貪欲さが、ロシアと中国の協力関係とそれを推進するロシア当局の双方にとってますます深刻な脅威となっていることを示している」と結んだ。
いずれにせよ、中国のこうした活発な動きがロシアの一地方における軋轢(あつれき)にとどまらず、ロシアと中国の国家関係にまで発展するのかどうか今後の展開が注目される。
(なかざわ・たかゆき)






